奈良弁護士会

0742-22-2035
意見書

若草山モノレール建設計画の中止等を求める意見書(完成版)

2014/07/11

奈良弁護士会
会長 中西 達也

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意見の趣旨


 奈良県に対し、同県が若草山の歴史的・自然的景観や環境の重要性、世界遺産としての顕著で普遍的な価値を再認識し、これらを著しく損なうおそれの高いモノレール建設計画を直ちに中止すること、若草山の活性化のための論議においても若草山の価値を守ることを最優先して検討されることを求める。


意見の理由


第1 モノレール建設計画の概要


1. はじめに
   2013(平成25)年10月ころ、新聞報道により、奈良県が若草山にモノレール建設を計画していることが明らかとなった(以下「若草山モノレール」または「本件モノレール」という。)。
 さかのぼれば、奈良県まちづくり推進局奈良公園室が、2012(平成24)年2月に策定した「奈良公園基本戦略」は、「奈良公園を名実ともに『世界に誇れる公園』にしていくこと」を目的に、「県がトータルマネジメントを行い、奈良公園の価値を積極的に維持し、さらなる魅力の向上や魅力の創出に努める。」という基本方針を打ち出し、その実現に向けた施策・事業の中の1つとして、「若草山などへの移動支援機能の導入」を掲げた。この基本戦略に基づき、奈良県はモノレール建設の検討を開始したものと推測されるが、2013(平成25)年3月には、株式会社建設技術研究所が作成した「奈良公園施設魅力向上事業(若草山周辺地区整備業務)概要報告書」が提出され、県が独自に環境影響調査を実施することとなった。しかし、このような計画と経緯が明らかとなったのは、同年9月の県議会予算委員会に至ってであり、広く県民が認識するに至ったのは、前記のとおり新聞報道によってであった。
 このように若草山モノレール建設計画は、県民にとっていかにも唐突な計画であり、奈良県によって密行的に進められてきたことが窺える。


2. 本件モノレール建設の目的
   前記「奈良公園基本戦略」によれば、「奈良公園の価値を積極的に維持し、さらなる魅力の向上や魅力の創出に努める。」との基本方針を実現するための施策・事業として、「高齢者へのバリアフリー対策の一環として、多くの方に若草山からの眺望を楽しんでもらうための若草山への移動支援施設の整備など、公園内の移動支援機能を導入する。」ことが記載されている。
 また、2013(平成25)年9月の予算委員会に提出された検討資料である「概要報告書」では、「若草山への移動支援施設を導入することで、高齢者や障害者等の移動の円滑化を図り、奈良公園内のバリアフリー化を促進し、多くの方々に若草山からの眺望を体験してもらうこと」が記載されている。

3. 計画の具体的内容。
   前記「概要報告書」によれば、移動支援施設の種類は、景観及び環境に最も影響の少ない「跨座式モノレール(簡易型)」とされ、出発地点を現在の第1ゲート付近とし、春日山原始林との境界に沿って谷間部を登行するルート(春日山ルート)を選定している。また、環境に配慮し地形改変(掘削)を避けるため、高速で大容量輸送が可能なコンクリート基礎ではなく、「鋼製簡易基礎」を採用し、1両当たり6~8人程度が乗車可能な車両を2両連結し、複線として運行する案が採用されている。さらに、出発地点となる第1ゲート前には、乗降施設と制御施設等が建設される上、若草山1重目(標高263.9メートル)の平坦部にも乗降施設が建設される計画である。
 運営計画としては、運行するモノレールは、2両連結で2系統、合計4両で行い、閑散期には連結を解いて1両で運行すること、モノレールは無人運転であるが、利用者の安全確保のために、乗降場にそれぞれ1名以上の整理員を常駐させることが望ましいこと等が記載されている。
 なお、本件モノレール建設の概算事業費は4億5780万円であり、メンテナンスに概ね年間60万円程度の経費が見込まれるとされている。また、収支計画に関しては、モノレールはバリアフリー対策として設置されるため、無料利用を想定するとされている。

4. 以下に、まず、奈良県が実施したという環境影響調査についての手続上の問題点を指摘した上で、本件モノレール建設予定地である若草山とその周辺地域の地域性についての検討を行い、歴史的景観ないし環境保護の観点からのモノレール建設計画の問題点を指摘し、さらにモノレール建設の必要性を再検討すべきことを論述する。

 

第2 本件モノレール建設計画の手続上の問題点


奈良県は、若草山に本件モノレールを設置することによる環境影響の調査(以下「本件調査」という。)を行い、2014(平成26)年2月10日に開催された「第7回奈良県公園地区整備検討委員会」において「若草山環境影響調査結果(中間報告)」(以下「中間報告」という。)を公表した。
ところで、本件モノレール建設工事は、その長さが7.5キロメートルに満たないものであるため、環境影響評価法及び奈良県環境影響評価条例の対象にはならない。
しかし、本件調査は工事主体の恣意的な判断で工事が行われることを防止しようとする環境影響評価法等の趣旨を全く考慮していない点で問題があるといわざるを得ない。
そこで、以下、環境影響評価法にもとづく環境影響評価(以下「環境アセスメント」という。)の概括的な手続を説明した上で、本件調査の問題点を具体的に指摘する。

 

1. 環境アセスメントの手続の流れ
環境アセスメントの手続は次頁の図「環境アセスメントの手続」記載のとおりである。以下、手続の順序に従い、必要な部分を説明する。

  (1) 計画段階の環境配慮(「配慮書」の手続)
 配慮書とは、事業への早期段階における環境配慮を可能にするため、第1種事業(必ず環境アセスメントを実施しなければならない事業)を実施しようとする者が、事業の位置・規模等の検討段階において、環境保全のために適正な配慮をしなければならない事項について検討を行い、その結果をまとめた図書である。
 配慮書の案または配慮書について、関係行政機関及び国民の意見(条文上は「一般の環境の保全の見地からの意見」)を求めるように努めなければならない(法3条の7)。
 なお、第2種事業(環境アセスメントが必要か否かを個別に判断する事業)を実施しようとする者は、任意で配慮書の手続を実施することができる(法3条の10)。

  (2) 第2種事業の判定(スクリーニング)
 スクリーニングとは、第2種事業について環境アセスメントを実施するか否かを判断する手続をいう(法4条)。
 実施するか否かを判断するのは主務大臣であるが(法4条3項)、第2種事業が実施される区域を管轄する都道府県知事に意見を求めなければならない(同2項)。
 スクリーニングの段階では、国民が意見を述べることは法的には予定されていない。

  (3) 環境アセスメント方法の決定(スコーピング)
 スコーピングとは、地域に応じた環境アセスメントを実施することが必要

環境省作成「環境アセスメント制度のあらまし」6頁を抜粋

であるため、環境アセスメントの方法を実施するにあたっては、地域の環境をよく知っている住民、地方公共団体の意見を聴く手続をいう。スコーピングは、事業者が「環境影響評価方法書」(方法書)を作成し、都道府県知事、市町村長に送付することから始まる。方法書とは、環境アセスメントにおいて、どのような項目について、どのような方法で調査・予測・評価をしていくかという計画を示したものである。
 具体的な手順は、「方法書の作成・送付→方法書を作成したことの公表(公告)・縦覧→説明会の実施→提出された意見の概要を都道府県知事と市町村長に送付→都道府県知事,市町村長からの意見→事業者によるアセスメント方法の決定」となる。
 スコーピングにおいては、方法書の縦覧や説明会において国民が意見を述べる機会が認められている。

  (4) 環境アセスメントの実施
 スコーピングの手続が終わると、事業者は選定された項目や方法に基づいて、調査・予測・評価を実施する。

  (5) 環境アセスメントの結果について意見を聴く手続(準備書の手続)
 調査・予測・評価が終わると、事業者は調査・予測・評価・環境保全対策の検討の結果を示し、環境の保全に関する事業者自らの考え方をとりまとめた「準備書」を作成し、住民,地方公共団体の意見を聴く手続をいう。
 具体的には、「準備書の作成・送付→準備書を作成したことの公表(公告)・縦覧→説明会の実施→提出された意見の概要を都道府県知事と市町村長に送付→都道府県知事,市町村長からの意見→事業者によるアセスメント結果の修正・確定」という手順になる。
 準備書の手続においては、準備書の縦覧や説明会において国民が意見を述べる機会が認められている。

  (6) 環境アセスメントの結果の事業への反映(評価書の手続)
 準備書の手続が終わると、事業者は準備書に対する都道府県知事等や国民の意見の内容を検討し、必要に応じて準備書の内容を見直した上で、「環境影響評価書」(評価書)を作成する。
 作成された評価書は、事業の免許等を行う者等と環境大臣に送付され、環境大臣は必要に応じて事業の免許等を行う者等に環境保全の見地から意見を述べ、事業の免許等を行う者等は環境大臣の意見を踏まえて事業者に意見を述べる。
 事業者は意見の内容を踏まえ、最終的に評価書を確定し、都道府県知事、市町村長、事業の免許等を行う者等に送付する。また、評価書が確定したことを公告し、1か月間縦覧する。

  (7) 環境保全措置等の結果の報告・公表

2. 本件調査の問題点
 中間報告に示された本件調査の項目、及びその予測結果・評価結果については別表「本件調査の内容」のとおりであるが、総合評価として、「環境影響は、実行可能な範囲内で回避又は低減されているものと考えています。」と結論づけている。
 ところで、中間報告にも「(乗降場、軌条の存在・車両の走行は)近景からは登山道や斜面上部より大きく視認できる」と記載されていることから、奈良県も本件モノレールの敷設により環境に影響を与えることを認識していることが窺える。
 しかしながら、上述したように、本件調査は環境影響評価法に基づく調査でない。
 そこで、以下では、この点に起因する問題点を指摘する。

  (1) 環境アセスメントにおいては、どのような項目について調査・予測・評価をしていくかについての計画を記載した方法書を作成したことを公告し、縦覧の手続に付される。そして、方法書の内容についての理解を深めるために説明会が実施される。その上で、環境保全の見地から意見のある者は誰でも意見を述べることができるとされている。
 しかし、本件調査では、方法書に相当する書類の公告、縦覧手続は行われておらず、住民等に対する説明会も開かれていない。そのため、調査等の項目については、誰も意見を述べることができない。
 奈良県は中間報告において、「14項目の調査・予測及び評価を行いました。」としているが、当該14項目について調査等を行った理由については何の説明も行われていない。

  (2) 中間報告がなされているが、環境アセスメントにおける「準備書」に相当するのか、それとも「評価書」に相当するのか、その位置づけが明らかではない。
 「準備書」に対しては、環境保全の見地から意見のある者は誰でも意見が述べることができるとされているので、中間報告に対しても意見のある者が意見を述べることができる機会を与える必要がある。他方で、「評価書」に相当するのであれば、「準備書」に相当する書類、換言すれば意見のある者が意見を述べることができる機会を与えられていない点で問題があるといわざるを得ない。

  (3) 中間報告の開示の対象は、奈良県公園地区整備検討委員会であって、環境アセスメントにおける縦覧の手続が行われていない。

  (4) 以上の(1)~(3)の事実に鑑みれば、中間報告の対象、及びその結果に対して地域住民はまったく関与することができておらず、奈良県の運用、判断が恣意的になされていないかをチェックする機会が完全に奪われている点が、最大の問題点であると指摘することができる。

 


第3 モノレール建設予定地と周辺地域の地域性

 

1. 予定地と周辺地域の概要
  (1) モノレール建設計画の予定地である若草山は、奈良公園内にある高さ342m、広さが33haの山であり、芝生で覆われており、いたるところで、鹿の姿と春には桜、秋の紅葉、ススキと四季折々の植物を見ることができる。山頂に鶯塚古墳があることから、「鶯山」とも、三つの笠を重ねたようであることから、「三笠山」とも呼ばれる。
 東大寺の大仏殿や興福寺の五重の塔を前にし、春日山原始林に接して、芝の緑に覆われた若草山は、奈良を代表する美しい景観である。積雪時には、若草山の芝の上に積もる雪が真っ白に美しく見えることにから、江戸時代の南都八景の一つとして 「三笠山雪」 があげられていた。江戸時代に始まったとされ、現在も毎年1月に行われる山焼きは、冬季の恒例行事となっており、炎に包まれる若草山が、奈良の冬の景観として紹介されることも多く、これを見るために多数の観光客が訪れる。

  (2) このように若草山は、その遠景が美しいのみならず、春日山原始林から若草山山頂へと続く道は、ハイキングコースとして親しまれており、山麓、一重目、二重目、山頂(三重目)、鶯塚古墳周辺などそれぞれの場所で見ることのできる広大な芝生を背景とした四季折々の植物と鹿も、奈良を代表する美しい景観である。中間報告の「人と自然との触れ合い活動の場」において引用されている「入山者の意向」の「若草山の魅力は?」の質問においても、「広大な景観」が30%、「芝生斜面」32%、「広々空間」26%の回答があるところ、これらはいずれも若草山の遠景ではなく、若草山を登る過程で見る景観を前提としていると考えられる。実に、入山者の88%が「若草山の魅力」として、若草山を登る過程で見ることのできる広大な芝生斜面の空間をあげているのである。
 また、志賀直哉は、「或る広ささへあれば何所にでも作れる公園と奈良のやうな千何百年の歴史を持ち、更にそれ以前からの原始林を控えてゐる自然の庭のやうな公園は一緒にはならない」(岩波書店「志賀直哉全集第6巻 置土産」)と言い、エルヴィン・フォン・ベルツは、「奈良公園は日本で一番美しい公園だと思う。・・・なんとなく自然的な雄大さがあり、よくある箱庭趣味によってゆがめられていない。特にこせこせした築山や引きずってきてすえつけた岩石などのないのが気持ちよい。もちろんこんなものはここでは必要がない。何しろ自然そのものが背景に丘陵山岳を配し、前景の地形を優雅に構成しているからだ。」(岩波文庫「ベルツの日記」)と言っている。

  (3) 若草山は、春日山原始林や東大寺に近接しており、周辺地域と一体となって、春日山歴史的風土特別保地区、名勝奈良公園、春日山風致地区、世界遺産登録された古都奈良としての価値を作り出している。

2. 法的規制の存在と内容
  (1) 古都保存法による規制
    ア) 古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法(古都保存法)は、わが国固有の文化的資産として国民がひとしくその恵沢を享受し、後代の国民に継承されるべき古都における歴史的風土を保存するために国等において講ずべき特別の措置を定めるものである(1条)。昭和40年代以降、若草山一帯でも開発が行われ、旧東大寺境内で、ホテル建設の申請がなされるなど、万葉に謡われた山野の地形を一変させかねない危機的状況を迎えていたことから、これを回避するため、奈良市の住民らが、京都市、鎌倉市とともに、古都保存法制定を働きかけたことにより制定されたもので、わが国往時の政治、文化の中心等として歴史上重要な地位を有する京都市、奈良市、鎌倉市は古都保存法上の「古都」とされている(2条)。
 そして、国土交通大臣が古都における歴史的風土を保存するため必要な土地の区域を歴史的風土保存区域として指定し(4条)、歴史的風土の保存上当該歴史的風土保存区域の枢要な部分を構成している地域については、歴史的風土保存計画に基づき、都市計画に歴史的風土特別保存地区を定めることができるとされている(6条)。
 若草山は、春日山歴史的風土特別保存地区内にあり、前記のとおり、古都保存法の制定のきっかけをつくった地域の1つである。

    イ) 法は、古都における歴史的風土を保存するために、建築物等の新築等の行為を行うには、府県知事の許可を要するものとし(8条1項)、モノレールといった工作物の新築については、同法施行令第6条第4号のいずれかに該当し、かつ、その規模、形態及び意匠が、当該新築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における歴史的風土と著しく不調和でないことの要件を満たさなければ、許可をしてはならないとしている(第8条第2項)。
 また、歴史的風土保存区域の指定をしたときに決定する歴史的風土保存計画(5条)における春日山地区の大綱においては、「本地区の歴史的風土保存の主体は、春日大社、興福寺、東大寺等の歴史的建造物と一体となる奈良公園の自然的環境の保存にあり、背景となる春日山、御蓋山、若草山等の丘陵とその稜線における建造物その他の工作物の新築等、土地の形質の変更、木竹の伐採等の規制に重点をおくものとする。」とされており(奈良市歴史的風土保存計画及び風致保全方針 昭和42年1月25日 総理府告示6号、昭和46年4月26日総理府告示第16号改正)、歴史的建造物と奈良公園の一体性、及び、若草山等においては工作物の新築等の規制に重点をおくべきことが明記されている。

  (2) 文化財保護法による規制
    ア)  文化財保護法は、「文化財を保存し、且つ、その活用を図り、もつて国民の文化的向上に資するとともに、世界文化の進歩に貢献すること」を目的(1条)とし、文化財として、各種文化財のほか、記念物、歴史的景観等を規定している(2条)。そして、「貝づか、古墳、都城跡、城跡、旧宅その他の遺跡で我が国にとつて歴史上又は学術上価値の高いもの、庭園、橋梁、峡谷、海浜、山岳その他の名勝地で我が国にとつて芸術上又は観賞上価値の高いもの並びに動物(生息地、繁殖地及び渡来地を含む。)、植物(自生地を含む。)及び地質鉱物(特異な自然の現象の生じている土地を含む。)で我が国にとつて学術上価値の高いもの」である記念物(2条第1項第4号)のうち、文部科学大臣が重要なものとして指定したのが史跡、名勝又は天然記念物である(109条)。
 若草山は、春日山原始林、花山、芳山や東大寺、興福寺とともに奈良公園内にあり、奈良公園は、名勝に指定されている(大正11年)。そして、東大寺旧境内は、史跡(昭和7年)に、春日山原始林は特別天然記念物(大正13年、昭和30年)にそれぞれ指定されている。さらに、若草山に生息する鹿は、「奈良のシカ」として天然記念物(昭和32年)に、若草山山頂に位置する鶯塚古墳は、史跡(昭和11年)にそれぞれ指定されている(括弧内は指定年)。
 このように、奈良公園は、それ自体が名勝であるのに加え、その構成要素に史跡や特別天然記念物を有し、名勝奈良公園の構成要素としてその価値を基底する存在である若草山も、その構成要素に史跡や天然記念物を有しており、若草山及びその一帯は、文化財保護法により、重層的に保護されている地域である。

    イ)

法は、文化財保存のため、「史跡名勝天然記念物に関しその現状を変更し、又はその保存に影響を及ぼす行為をしようとする」ときは、原則として、文化庁長官の許可を要するものとし(第125条第1項)、下記の場合は現状変更の許可をすることができないものとしている(「文化財保護法施行令第5条第4項第1号イからリまでに掲げる史跡名勝天然記念物の現状変更等の許可の事務の処理基準について」第2項)。
① 史跡名勝天然記念物の適切な保存管理のために策定された「保存管理計画」に定められた保存管理の基準に反する場合
② 史跡名勝天然記念物の滅失、毀損又は衰亡のおそれがある場合
③ 史跡名勝天然記念物の景観又は価値を著しく減じると認められる場合
④ 地域を定めて指定した天然記念物に関し、指定対象である動植物の生息環境又は生態系全体に対して著しい影響を与えるおそれがある場合
 2011(平成23)年3月に奈良県が策定した「名勝奈良公園保存管理・活用計画」によれば、名勝奈良公園の本質的価値は、自然的要素、歴史的・文化的要素、公園的要素の3要素があり、自然的要素の構成要素として、若草山等の山地の自然的地形、景物としてのシカ等、歴史的・文化的要素の構成要素として、若草山等の芝地、若草山焼きが指摘されており、若草山は本質的価値3要素のうち、2要素の構成要素となるものである。
 同計画は、保存管理・活用の基本法指針として、各要素の個々の保存はもとより、総合的価値が発揮されるように適正な保存管理を行うといった6つの方針を定めた上で、「保存管理の位置づけと留意点」として、「名勝奈良公園指定区域として重複して所在する文化財は、個々に適切な保存・保全が図られることが基本となるが、名勝奈良公園は、それら相互が融合して名勝としての価値が発揮されることから、重複する文化財群を含む総体として、名勝の価値が発揮されるよう適切な管理基準による保存管理を進めていく」としている。
 また、それぞれの空間形態や特質に応じた適切な保存管理・活用を図るために16のゾーンを設定し、若草山ゾーンについての基本方針は、「奈良公園を代表する眺望景観を形成する要素であり、名勝の価値を基底する若草山の景観を継承するため、地形・植生等を含めて総合的に適切な保全、維持管理を図る。」、区域区分における取扱基準(特記事項)として、「若草山ゾーンは、公園を代表する眺望景観の重要な構成要素となる若草山の地形の保全を基本とする。」としており、若草山ゾーンにおいては、施設の付加等の活用よりも、保存・保全を基本とすることが明示されている。


  (3) 風致地区条例による規制
 若草山は、奈良県風致地区条例(都市計画法58条)により、現在は、春日山風致地区として指定されている。若草山は、奈良県風致地区条例により、昭和12年に当時の「若草山風致地区」として、初指定を受けた地区でもある。
 春日山風致地区は保護地域ゾーン1にあたり、その保全方針は原則的に現況を凍結的に保全するとされている。
 本来、風致地区内における建築物その他の工作物の新築等については、あらかじめ奈良市長の許可を要するが(奈良県風致地区条例2条1号、風致地区内における建築等の規制に係る条例の制定に関する基準を定める政令)、その許可基準は、当該工作物の位置、形態及び意匠が、新築の行われる土地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和でないことである(奈良県風致地区条例5条1項イ)。
 本件モノレール建設が、奈良県による都市計画に適合して行う行為にあたり、奈良市長の許可を要しない例外行為にあたるとしても(奈良県風致地区条例2条2項3号)、都市計画法による規制は免れない。本件モノレール建設も、当該都市における自然的環境の整備又は保全に配慮したものでなければならない(都市計画法13条1項本文)。若草山の保全方針は、前記のとおり、原則的に現況を凍結的に保全することであるが、都市計画としての本件モノレール建設も、この保全方針に配慮したものでなければならない。

  (4) 世界遺産としての世界遺産条約履行義務
    ア) 若草山を含む古都奈良の文化財は、1998(平成10)年、文化遺産として、世界遺産登録がなされた。若草山は、遺産である春日山原始林の緩衝地帯にあたる。
 古都奈良の文化財が世界遺産として登録されたのは、同文化財が文化遺産としての価値基準に適合したことのみならず、文化遺産が文化財保護法によって、その周辺環境が歴史的風土特別保存地区、風致地区、都市景観形成地区として保護されている状況が評価されたことによることは、奈良市のホームページにおいても明らかにされている。
 世界遺産委員会へ提出された古都奈良の文化財に関する世界遺産一覧表記載推薦書には、推薦資産緩衝地帯につき、下記のように記載されている。「各資産の近接部に建築物等の意匠、形態、色彩及び高さ等を総合的に規制する区域が設定され、各文化資産の価値を保証し、一体的な歴史的風土、風致景観及び歴史的町並み景観が保全されている。」。前記登録推薦書は、若草山を、春日山原始林の遺産としての価値を保証するために必要な緩衝地帯として設定したが、若草山を含む春日山原始林一帯が風致地区、歴史的風土特別保存地区等として指定されており、これにより風致景観が保全され得ることを推薦の根拠としていた。
 また、前記推薦書は、地域開発計画としての京奈和自動車道の建設計画についても言及しており、「奈良市域を通過する区間においては、推薦する文化遺産の近傍を通過するため、路線や工法等について慎重な事前調査・検討が継続中である。都市計画決定にあたっては、古都奈良の文化財の保護、歴史的風致景観の保全はもちろんのこと、自然環境及び生活環境への影響も充分配慮されることになっており、文化資産への直接的影響はない。」とし、対象遺産の近傍を通過する京奈和自動車道についてでさえ、歴史的風致景観の保全等には慎重な配慮をした。
 このように、将来的な文化財の保護、歴史的風致景観の保全が状況的に保障されたことも併せ考慮された結果として、古都奈良の文化財の世界遺産登録が実現したのである。

    イ)  そして、当該資産を有する締結国は、資産の顕著な普遍的価値に影響する可能性のある大規模な復元又は新規工事を、条約の下に保護されている地域において実施する場合若しくは許可しようとする場合は、その旨を事務局を通じて世界遺産委員会へ通知するよう、同委員会から要請を受けている(世界遺産条約履行のための作業指針172段)。さらに、当該資産を有する締結国は、世界遺産一覧表登録資産の状況に深刻な劣化があった場合、又は、必要な改善措置が、予定された期間内に実施されなかった場合には、世界遺産委員会事務局に対し、その通知をすることが義務づけられており(同作業指針193段)、この通知を受けた調査の結果、世界遺産委員会において、世界遺産一覧表への登録を決定づけた資産の特徴が回復不能に失われるほど資産の状態が悪化したことが明らかな場合、世界遺産一覧表から当該資産を削除することを決議するとされている(同作業指針176段d)。例えば、ドイツ連邦共和国のドレスデン・エルベ渓谷は、対象地域に近代的な四車線の大橋が建造されたことにより、2009(平成21)年6月に世界遺産一覧表から登録抹消されるに至っている。

3. 地域の歴史的環境の重要性
 科学技術の発展や生活の近代化に伴い、人々の生活環境が画一化していくなかで、地域の独自の個性を持ち、その地域の自然環境と表裏一体となった歴史的環境は、国民の保健、休養及び教化に資するという意味においても、有用な観光資源となるという意味においても、国民の共通の財産である。
 そして、歴史的環境は、山や林、生物といった自然の造形物、建造物といった人工の造形物に個々それぞれに存在するのではなく、自然、人工の造形物が渾然一体となって形成されたものであり、特に、若草山一帯においては、その傾向が顕著で、前記各規制においても、地域一体の保全を目指している。

 

第4 景観保護の観点からの問題点

 

1. 若草山の景観
  (1) 若草山の景観の意義
 前記のとおり、モノレール建設計画の予定地である若草山は、世界遺産に登録された古都奈良を代表する景観であり、その優れた自然的・文化的・歴史的景観は、歴史的に著名な国内外の文化人たちによって、高く評価され、かつ、大いに賞賛されてきた。従って、私たち奈良県民は、わが国を越え世界に向けて、そして過去・現在・将来の人々に向けて、この若草山の美しい景観を保全する責務を担っているのであって、この景観を人為的に損なうことを決して許してはならない。

  (2) 景観のもつ意義
 景観は、単に人の視覚で感知されるにとどまるものではない。景観は、人が五感で味わって、人の心に深く刻み込まれてゆくものである。人は、美しい自然景観の中にあって心を清らかにすることができ、また、深い文化的歴史的景観に包まれることによって心を穏やかにすることができる。従って、良好な景観は、人間の健康な精神生活と生きてゆく力にとって欠くことのできない存在である。
 景観は、人がどの位置に立ってどのような視点で見るかにより、大きく分けて「遠望型景観」と「環境型景観」に区別することができる。
 「遠望型景観」は、一定の対象区域の空間的構造を外部のある視点から数百メートル以上離れて見た景観であり、距離の取り方により「近景」(~350メートル)「中景」(350メートル前後~2.5キロメートル前後)及び「遠景」(2.5キロメートル前後~)に分類することができる。他方「環境型景観」は、一定の対象区域の内部に視点を置き歩きながら周囲を眺める景観である。そして、環境型景観の場合は、その地域の有形の自然的・歴史的環境を通して醸し出される無形の雰囲気・風情も対象となる。
 ところで、景観評価においては、視覚的眺望という狭い観点から、遠望型景観の「中景」や「遠景」のみを検討対象とするケースも見受けられる。しかし、前記のとおり、遠望型景観の「近景」や「環境型景観」を対象としない景観評価は、景観の意義を正しく捉えているとは言い難い。第3で記述した、若草山について人々が魅力を感じている「若草山を登る過程で見る景観」とは、まさに、この「環境型景観」に対する人々の評価に他ならず、その評価を考察の範疇外とすることは許されないのである。

  (3) 景観権等の権利性
 景観は、決して、趣味趣向の対象に過ぎなかったり、哲学の対象にとどまったりするものではない。良好な景観の享受は、他から侵害されることのない法的権利に属する問題である。すなわち、環境権や景観権は、憲法13条の幸福追求権の一つとして憲法上の人権であると論じられているし、近年、国立市のマンション建築差止訴訟や鞆の浦埋立て差止訴訟などの裁判例で、また、最近、奈良県においても、葛城市クリーンセンター建設許可差止訴訟で、裁判規範性が認められるようになっている。
 そして、第3で取り上げた古都保存法、文化財保護法、奈良県風致地区条例、世界遺産条約は、いずれも、環境権、景観権を具体化したものである。そして、それらは全て、若草山の景観も対象とするものであり、若草山の景観は、それらの法律、条例、条約によって、厚く法的に保護されているのである。

2. 本件施設による景観破壊の問題点
 本件モノレールは、前記で検討した若草山の景観を侵害する施設に他ならない。
 しかるに、本件モノレールの建設を計画する奈良県が発表した、前掲の中間報告(なお、本年6月中旬に作成された「若草山環境影響調査結果(最終報告)」も中間報告をそのまま踏襲しており、景観に関する実質的調査・分析等は中間報告でなされているので、以下では、中間報告を検討対象とする。)は、本件モノレールは、若草山の景観を侵害するものではないとした。
 しかしながら、中間報告は、前に述べた景観の本質を適切に把握しているものでなく、また、若草山のもつ景観の意義を正当に評価するものでもない。中間報告の評価は、その過程、結論ともに著しく不当である。
 この点について、以下で、まず、遠望型景観について述べ、次に、環境型景観について述べ、更に、若草山の景観の重要な要素である「鹿」について述べる。

  (1) 遠望型景観について
    ア) 中間報告
 まず、中間報告は、遠望型景観を検討しているところ、施設の遠望型景観への影響を考察するにあたっては、眺望地点の選定方法がきわめて重要である。
 中間報告は、①3キロから6キロ程度の「遠景」の遠望型景観として、「奈良市眺望景観保全活用計画」にて選定された「奈良らしい眺望景観」41件から、特に優先的かつ重点的に保全活用を図る「重点眺望景観」15件のうち、若草山を観光資源として捉えている箇所として、「大宮橋及び佐保川沿いから若草山への眺望」「平城旧跡から東大寺大仏殿、若草山等への山並みへの眺望」「大池池畔から薬師寺三重塔、東大寺大仏殿への眺望」の3箇所の眺望地点を選定し、②3キロ以内の「中景」の遠望型景観として、前記41件から「奈良県庁屋上広場から山並み、社寺等への眺望」「大仏池池畔から東大寺大仏殿への眺望」「知事校舎前道路から若草山の眺望」「知事公舎前道路から若草山への眺望」「春日野園地及び浮雲園地から若草山、東大寺大仏殿・南大門への眺望」「近鉄奈良駅前を含む大宮通から若草山への眺望」「西安の森、若草中学校付近から東大寺大仏殿、興福寺五重塔、若草山等の山並みへの眺望」「一条通から転害門への眺望」の7箇所の眺望地点を選定している。また、それらとは別に、③約7キロメートル地点の若草山からの直線状に位置し、若草山が眺望できる眺望地点として「阪奈道路(宝来ランプ)付近から若草山への眺望」を選定し、合計11箇所の遠望型眺望の眺望地点を選定している。
 そして、中間報告は、それら11箇所の眺望地点について「眺望地点からは施設が視認できないと予測されます。」とし、「眺望景観を直接改変しないため、環境影響はありません。」と評価した。

    イ) 徒歩で捉える遠望型景観
 しかし、古都奈良の景観のシンボルともいうべき若草山の眺望景観を、わずか、11箇所のスポット的な眺望地点からの視認だけで評価するのは、若草山の遠望型景観の意義を全く正当に捉えていないものと言わなければならない。
 そもそも、若草山の遠望型景観は、必ずしも特定の眺望地点から眺望されるものでなく、そのシンボル性からして、古都奈良に立ち入ったとき、その街の隅々から眺望される景観である。それは、古都奈良を訪れる観光客も然り、古都奈良に住まいする人たちも然りである。いわば、「徒歩で捉える遠望型景観」である。
 前記のとおり、遠望型景観は、距離のとらえ方の分類の内、「遠景」を評価の対象とするのでは足りず、「近景」(~350メートル)も評価の対象とされねばならない。そして、重視されるべき遠望型景観は、その地域、地点における遠望型景観の特性によって異なるものである。たとえば、函館山からの夜景景観の特性は、函館山から函館港を見下ろす「遠景」であろう。しかし、若草山の景観は、古都奈良の町中に立ち入ったときの「徒歩で捉える景観」であって、それは、多くの「中景」「近景」を含むものである。
 この点、「若草山へのモノレール建設に反対する会」(事務局長浜田博生(奈良世界遺産市民ネットワーク世話人代表))の調査によれば、モノレール設置予定地に「モノレール」という文字の入った旗を2キロ前後から5キロ前後の眺望地点から視認できるか否かの実験をしたところ、約50箇所の地点から、「よく見える」との報告が得られたとのことである。
 世界遺産の奈良公園や寺社仏閣を散策するとき、そしてまた、歴史と現代人の生活が調和した奈良の町並みを歩くとき、ふと目に入ってくるのが、奈良のシンボル若草山の眺望である。歩き回りながらのその眺望は、どこの眺望地点からの眺望も、等しく重要である。従って、前記調査結果は、このような若草山の遠望型景観の意義と、モノレールによる景観破壊の危惧を正当に捉えたものとして評価できる。そして、前記調査が「近景」にまで拡げて行われたならば、より一層、景観侵害の様相が明らかにされたと思われるものである。
 これに対して、わずか11地点の「遠景」「中景」のスポット的眺望地点だけを取り上げる「中間報告」の評価は、若草山の景観のもつ特性と意義を全く理解していない、きわめておざなりな評価と言わなければならない。
 なお、中間報告は、「近景」については「近景からは、施設が視認できます。」とし、「見て不快感を与えない工夫の必要があります。」と指摘するだけで、どこからどのように見えるのかの分析検討も全くなく、また、「工夫」だけでは補えない「見えること自体」の不快感を考慮していない。結局、「近景」に対する配慮は全くないのである。
 従って、中間報告は、古都奈良の「徒歩で捉える景観」の意義を正当に理解していないものと言わなければならない。

    ウ) 車窓から捉える遠望型景観
 次に、中間報告は、前記のとおり、「奈良らしい眺望景観」からの選定以外に、独自の眺望地点として、「阪奈道路(宝来ランプ)付近から若草山への眺望」を選定している。おそらく、中間報告がこの地点を取り上げた理由は、この地点が大阪方面から古都奈良への代表的な車両でのアクセスルートのうちにあって、そこで前方に広がる若草山の景観が、古都奈良のシンボリックな遠望型景観と考えたからであろう。
 もちろん、古都奈良へのアクセスルートにおける景観を大切にすることは言うまでもなく重要なことである。それは、いわば「車窓から捉える遠望型景観」である。
 しかし、アクセスルートにおける「車窓から捉えた遠望型景観」を大切にするならば、スポット的な一地点からの眺望だけを取り上げることに全く意味はない。宝来ランプのあたりで、車から降車して立ち止まり若草山を眺める人など一人もいないのである。
 「車窓から捉える遠望型景観」は、阪奈道路から大宮道路へと、次第に、古都奈良へと近づいてゆく動的な目線で捉える必要がある。この間のルートにおいて、車窓から、若草山は見え隠れしながらも、次第に大きくなっていき、わたしたちは、少しずつ古都奈良の歴史的文化的雰囲気に包まれてゆく風情を感じて高揚してゆくものである。
 従って、仮に、宝来ランプのあたりで、本件モノレールが視認できないとしても、更に、車を走らせ、大宮通りに入って、本件モノレールが視認できるようになれば、全く、古都の風情は興ざめとなる。同じことは、京都からのアクセスルート、あるいは、南からのアクセスルートでも同じである。
 古都奈良へのアクセスルートにおける若草山の遠望型景観は重要であるが、その点からすれば、中間報告の「阪奈道路(宝来ランプ)付近から若草山への眺望」だけの選定は、アクセスルートの遠望型景観の重要性の視点を、結局のところ、全く欠いているものと言わなければならない。

  (2) 環境型景観について
    ア) 中間報告
 環境型景観の検討について、中間報告は、遠望型景観以上に、全く検討を加えていないと言っても過言ではない。
 すなわち、中間報告は、歴史的環境について、「人と自然のふれあいの活動の場」という項目や「文化遺産(中景、近景)」という項目を設定し、あたかも検討を試みるかのようである。
 しかし、前者については、若草山の魅力を「芝生斜面」「広々空間」「広大な景観」と捉えながら、「乗降場の形状について、活動の場の面積が若干減少する程度に過ぎず(影響はない)」などと極めて表層的で安易な評価しか下していない。また、後者については、若草山を歴史的文化的環境と捉えていないのか、全く評価することもしていない。

    イ) 環境型景観の重要性
 しかるに、前記のとおり、景観問題を考察する場合、その醸し出す雰囲気を人間の五感と精神作用によって深く味わう、環境型景観を真正面から取り上げる必要がある。それは、若草山に立ち入り、若草山を歩き回りながら、身近に、肌で感ずるところの景観である。
 わたしたちが、若草山に立ち入り歩き回るとき、本件モノレールの存在は、正に広大な芝生空間を、若草山の歴史・文化に不適応な工作物によって、傷つける存在となる。広大な芝生は、その稜線のカーブや若草色の色合いの優しさが人の心に染みいり、人の心を穏やかにするものである。そして、そのとき、人は、自然の優しさに包まれるとともに、古都奈良の歴史的文化的な風情に浸って、心を豊かにすることができるのである。しかし、本件モノレールは、心に優しい若草色の芝生と、若草山に象徴される古都奈良の深い悠久の歴史と文化を傷つるものである。そして、それは、まさに、人間の五感と精神作用を深く傷つけることに他ならない。
 広大な芝生空間は、何も、ドッチボールをしたり草野球をしたりするためにあるのではない。従って、中間報告の「活動の場の面積が若干減少する程度に過ぎず」という視点は、笑止千万な視点と言わねばならない。中間報告は、広大な芝生空間の「環境型景観」に思いを巡らせることが全くできていないのである。
 奈良県は、本件モノレールによって、若草山への入山者を増やしたいと言う。しかし、仮に、モノレールによって、現在より多くの人が若草山に立ち入ることができるようになったとしても、立ち入った先の若草山の自然と歴史と文化が損なわれていれば、多くの人が立ち入る意味がない。のみならず、若草山の価値が損なわれ、若草山の魅力が失われれば、かえって入山者は減少してしまうのであって、それは本末転倒ともいうべきである。
 以上のとおり、中間報告は、景観における環境型景観の重要性に全く配慮していないと言わねばならず、結局のところ、景観の意義を全く理解していないものと言わねばならない。

  (3) 若草山の鹿について
    ア) 中間報告
 鹿は、若草山に欠くことのできない重要な景観要素である。人は、若草山に立ち入り、若草山の環境型景観の中に身を置くとき、心優しい稜線のカーブと若草色の色合いの芝生の広がりの中に、愛らしい鹿の姿を見つけて、心を和ませ、また、歴史に思いを馳せる。従って、鹿の保護は重要である。
 この点、中間報告は、生態系の保全対象として、若草山の鹿を取り上げ、鹿の移動経路の確保等に影響はないと予測している。しかし、本当にそうであろうか。

    イ) 鹿の保護の必要性
 本件施設は、無人施設である。しかも、塀や囲いは全く設置されない。
 近年道路上で鹿の交通事故が多発している。道路上でドライバーがかなり気を遣った上でも事故が後を絶たない。そうすると、本件モノレールは、無人であり、塀も囲いもないのであるから、鹿の交通事故の多発が懸念される。従って、本件モノレールは、鹿の移動経路について極めて危険な施設となることが予測されるものである。
 奈良の鹿は、それ自体、天然記念物である。そして、若草山との関係において、鹿は、若草山の芝の生態系の安定に寄与しているだけでなく、前述のとおり、若草山と一体となって自然景観、文化景観、歴史景観を構成しているものである。
 従って、本件モノレールの鹿に対する悪影響は、若草山の自然景観、文化景観、歴史景観を著しく侵害する結果となる。

3. 法的評価
 以上のとおり、本件モノレールは、若草山の景観を侵害する施設である。 そして、既に述べたように、若草山の景観の保全は、憲法13条の幸福追求権としての景観権及び各種の法律によって、法的に義務付けられている。従って、本件モノレールの建設は法的にも違法行為と評価されるべきである。

  (1) 若草山は、古都保存法における春日山歴史的風土特別保存地区内にあり、前記のとおり、古都奈良のシンボルともいうべき景観を構成しているところ、本件モノレールは、若草山の優しく、かつ、歴史を感じさせる景観を損なうものである。従って、本件モノレールは、その規模、形態及び意匠が、若草山の歴史的風土と著しく不調和と評価できるので、古都保存法における工作物新築の要件に該当しない(古都保存法8条、同法施行令6条)。

  (2) 若草山は、文化財保護法の規定する名勝奈良公園内にあり、景観又は価値を著しく減じると認められる場合には現状変更を行うことはできない。前記のとおり、若草山の景観は、古都奈良を歩き回るときに人々が味わうところに最も大きな意義があるところ、本件モノレールは、特に、若草山の近景や環境型景観を含めた景観を損なう施設であるから、その建設は若草山の景観を侵害する現状変更行為として行うことができない(文化財保護法125条1項、同法施行令5条4項)。

  (3) 若草山は、春日山風致地区の保護地区のゾーン1であり、保全方針は原則的に現状凍結である。そして、本件施設が奈良県による都市計画に適合して行う行為であるとしても(奈良県風致地区条例2条2項3号)、都市計画は、当該都市における自然的環境の整備又は保全に配慮しなければならない(都市計画法13条1項本文)。とすれば、前記のとおり、若草山の広大な芝生を傷つけ、鹿の生態系に影響を及ぼしかねない本件モノレールは、古都奈良の自然的環境を損なうものであって、都市計画基準に反するものとして許されない。

  (4) 若草山は世界遺産の緩衝地帯であるところ、世界遺産の状況に深刻な劣化があった場合、又は、必要な改善措置が予定期間内に実施されなかった場合には登録抹消手続に着手されることが規定されている(世界遺産条約履行のための作業指針193段)。しかるに、若草山の景観を侵害する本件モノレールの建設は、世界遺産の状況の深刻な劣化に該当するのであり、世界遺産登録抹消手続の対象となる行為である。このことは、既に、国際記念物遺跡会議(イコモス)の国内委員会が、本件モノレールは「世界遺産の価値を損なう懸念がある。」と警鐘を鳴らしている。従って、本件モノレールの建設は、世界遺産を守るべき県民の義務からして法的に許されない行為である。

4. まとめ
 以上のとおり、本件モノレールの建設は、若草山の景観の本質から許されない行為であって、そして、法的観点からも違法行為と評価されるべき行為である。従って、奈良県は、即刻、本件モノレール建設計画を廃棄するべきである。

 

第5 本件モノレール建設の必要性について

 

1. 奈良県が説明するモノレール建設の必要性
 2012(平成24)年2月に策定された「奈良公園基本戦略」によれば、「奈良公園の価値を積極的に維持し、さらなる魅力の向上や魅力の創出に努める。」との基本方針を実現するための施策・事業として、「高齢者へのバリアフリー対策の一環として、多くの方に若草山からの眺望を楽しんでもらうための若草山への移動支援施設の整備など、公園内の移動支援機能を導入する。」ことが記載されている。
 また、2013(平成25)年9月の予算委員会に提出された検討資料である「概要報告書」では、「若草山への移動支援施設を導入することで、高齢者や障害者等の移動の円滑化を図り、奈良公園内のバリアフリー化を促進し、多くの方々に若草山からの眺望を体験してもらうこと」が記載されている。他方、県まちづくり推進局奈良公園室の「奈良公園で整備を検討している取組について」によれば、奈良公園の観光誘客による「地域の活性化」が大きく位置づけられ、眺望スポットの確立として、若草山モノレールの建設が検討課題とされている。
 これらを総合すると、高齢者・障がい者のバリアフリーを図り、眺望スポットである若草山(一重目)への移送支援設備を整備することを通じて、観光客の誘客効果を上げ、地域の活性化を図ることを意図したものと言える。若草山の入山者数は、ピーク時と比較して4分の1に低下しているところ、若草山は奈良公園観光の中心地であり、誰もが楽しめる若草山一重目眺望の魅力を発掘することが、奈良の魅力を活かし、集客・活性化につながるというのが、奈良県の説明するモノレール建設の目的と考えられる。

2. バリアフリーの必要性について
 高齢者や障がい者が社会生活を送る上で支障となる物理的な障がいや精神的な障壁を取り除くためのバリアフリー施策の必要性は、何人も否定できない。2006(平成18)年に「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律」(バリアフリー新法)が制定され、総合的な施策が進められる中で、奈良県が奈良公園内のバリアフリーを積極的に推進する姿勢を示していることは評価できる。
 ただ、検討資料を見る限り、奈良公園のバリアフリー化として提起されているのは若草山モノレールだけであり、その余の奈良公園全体を見渡したバリアフリー化はもとより、若草山の麓までのバリアフリー施策すら検討されていることが窺えない。しかし、若草山一重目だけをバリアフリー化したとしても、山麓に至るアクセスがバリアフリー化されていなければ、その効果はきわめて限定的なものにとどまる。他方、奈良公園の魅力は若草山だけではなく、多種多様であって、奈良公園全体のバリアフリー化がむしろ優先して進められるべきである。
 しかも、バリアフリーの必要性はきわめて大きいものであるが、バリアフリーのためであれば、いかなることも許されるというわけではない。他の守るべき価値とのバランスを図るべきことは当然である。奈良の歴史的景観・環境の重要性は前述のとおりであり、本件モノレール建設は、奈良の歴史的環境保護という守るべききわめて重要な価値とのバランスを欠いたものと言わざるを得ない。

3. モノレール建設が誘客と活性化につながるか
 「概要報告書」によれば、計画されるモノレールの車両の大きさ(何人乗りか、連結の有無)、複線か単線か等によって異なるものの、想定されている利用者数は30分あたり24~48名程度、1日の利用者は最大860名程度とされている。他方、直近10年間の平均入山者数をもとに若草山への1日平均の入山者数を算定すると、概ね717名となるとのことである。この数字をどのように考えるべきかは難しいが、モノレール建設によって奈良公園を訪れる観光客が激増し、地域の活性化が図られるとは直ちに想定しがたい。
 そもそも、若草山の入山者数が減少してきた理由は何であるのか、この点が十分に検討されているのかきわめて疑問である。少なくとも、一重目までの移動手段がないことがその主たる原因とは解されない。2012(平成24)年には登山道の整備もなされているが、その効果はどのように分析されているのだろうか。
 奈良市を訪れる観光客数は、平城遷都1300年祭や大規模災害による変動があるものの、ほぼ1300万人台で、推移は横ばいである。多数の観光資源がありながら、観光客の誘客増を実現できない原因については、全国最下位の客室数という宿泊施設の問題、ニーズの変化や変化への対応の遅れ、PR方法、魅力度を高める観光戦略の問題等が指摘されている。宿泊施設の整備を進めると共に、ハード面だけでなくソフト面を含めた観光地としての魅力づくりが必要不可欠である。
 そうすると、モノレール建設が観光客の誘客や活性化に大きな効果を発揮するとは考えられず、むしろモノレール建設による「奈良らしさ」の喪失は、観光地としても魅力をかえって損なう可能性が大きい。
 ちなみに、若草山への入山口には、ゲートが設置されており、入山料の支払を求められる。若草山への入山者数の減少には、このような入山料の存在が影響してはいないのだろうか。まずは、無料化の実験を始めることから検討してみることも有用と解される。

4. 費用対効果の分析
 「概要報告書」によれば、トイレ・駐車場を含めてモノレールの建設費用として4億4780万円の概算事業費が見込まれている。また、維持管理に関しては、利用者の安全確保のため、乗降場に各1名の整理員が常駐すること、メンテナンス費用が年間60万円程度要すること、モノレールはバリアフリー対策として設置されるため、無料利用を想定していることが認められる。
 モノレール建設が、バリアフリーや誘客に全く効果がないとは言えないとしても、そのために前記のような多額の投資をすることが、費用対効果としていかがなものかという疑問を禁じ得ない。しかも、人件費その他の運行コストの記載がなく、想定されるメンテナンス費用も低額であり、ランニングコストの想定が甘いと言わざるを得ない。合理的かつ効率的な運営が求められる地方財政のあり方に照らせば、このような費用対効果の分析は厳しくなされるべきである。

5. 他のとり得る代替手段はないか
 「奈良公園基本戦略」によれば、「奈良公園は国内外から年間1000万人以上の来訪者が訪れる日本を代表する観光地」であり、「奈良公園には世界遺産である「古都奈良の文化財」をはじめとして、数多くの資源が存在している」とされている。そして、「奈良公園の価値とは、奈良公園の自然資源、歴史・文化資源、公園資源、及び各資源が融合した独特の風致景観である。」とも記載されている。
 奈良公園の魅力を向上させるには、まさにこの「独特の風致景観」を守ることが必要不可欠であり、モノレール建設はこれに逆行するものと言わざるを得ない。
 その上で、バリアフリーをどのように図るべきか検討すべきである。例えば、若草山の山頂(三重目)までは自家用車等を利用して行くことが可能であり、高齢者や障がい者にとっても、山頂からの眺望は、現状においてもバリアフリーである。今後、山頂までのアクセスをより充実させることもバリアフリーの施策として十分に考えられる。また、若草山一重目の眺望を重視するとしても、駕籠など機器を用いずに上り下りする方法はないか。独特の風致景観や奈良らしさを徹底して保護しつつ、バリアフリーをいかに実現するかを、高齢者・障がい者を含めた県民全体で検討すべきである。
 ちなみに、奈良県の中間報告では、「入山者の意向」として、「1重目まで容易に利用できる施設があれば利用しますか」との問いに、54%が「利用しない」と回答し、若草山の魅力は、「芝生空間」、「広大な景観」、「広々空間」などと答えている。この意識をも重視すれば、今取り組むべきことがモノレール建設とは到底考えられない。

 

第6 最後に


 2014(平成26)年6月1日付け産経新聞の報道記事によれば、奈良県は本件モノレール建設構想を白紙撤回し、モノレールに代わる活性化の代替案を論議することとしたとのことである。これが事実であれば、歓迎すべきことである。
 記事では、「若草山の活性化に向け、あらゆる可能性を検討したい」との県関係者のコメントが記載されている。検討自体を否定するものではないが、若草山の活性化を考える場合に、最もベースとなるのは若草山とその周辺地域の歴史的で豊かな環境の価値をいかにして守るかという視点である。この視点を抜きにして活性化ばかりを追求すると、モノレール計画と同一の轍を踏むことになる。
 当会は、従前より奈良の歴史的景観並びの環境保護の重要性に鑑み、奈良市都市景観条例、奈良県分庁舎建設問題、環境アセスメント条例の制定等に関して報告書や意見書を発表してきた。このような経緯に照らし、本件モノレール建設計画にはきわめて深刻な憂慮を禁じ得ない。
 よって、当会としては、奈良県が、若草山の歴史的・自然的景観や環境の重要性、世界遺産としての顕著で普遍的な価値を再認識し、これらを著しく損なうおそれの高い本件モノレール建設計画を直ちに中止すること、若草山の活性化のための論議においても若草山の価値を守ることを最優先して検討されることを求める。

 

以上
意見書
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