奈良弁護士会

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会長声明

仮称「奈良県少年補導条例(案)」要綱案に反対する会長声明

2006/01/27

奈良弁護士会
 福井 英之

1 はじめに

奈良県警察本部は、現在、その立案による「仮称「奈良県少年補導条例」(案)要綱案」を発表し、今後これを条例化するべく県議会への提出を予定している。
この「仮称「奈良県少年補導条例」(案)要綱案」(以下、単に「本要綱案」という。)は、概要、(1)各種行為を少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれのある「不良行為」と規定する、(2)これを行う不良行為少年に対する県民等の責務を定める、(3)不良行為少年を補導する権限を警察職員に付与する、(4)民間ボランティアである少年補導員の委嘱要件、任期、活動内容、活動区域等について定める等を主な内容とするものであるが、以下に詳述するとおり、これらの内容にはそれぞれ重大な問題点があるので、当会は、その問題点を指摘し、このような条例が制定されることのないよう、意見を表明する次第である。


2 本要綱案の根本的問題点

本要綱案は、「不良行為少年の補導に関し、県民の責務を明らかにするとともに、警察職員及び少年補導員の活動に関して必要な事項を定め、もって少年の非行の防止と保護を通じて少年の健全な育成を図ること」をその目的とするという。

少年の健全育成及びそのための少年非行の防止それ自体は重要な社会の利益である。

しかし、それを実現するための手段として、本要綱案が予定する「不良行為少年に対する補導権限」の法定化をはじめとする警察権限の拡大は、適切な手段とはいえない。

少年非行防止のための成長支援の本来的あり方は警察権限の拡大による規制強化ではなく教育・福祉的政策であることは、1990年に第8回犯罪防止及び犯罪者処遇に関する国際会議で採択された「リヤド・ガイドライン」でも明確にされているし、2001年11月に奈良で開催された日本弁護士連合会主催第44回人権擁護大会においても、このリヤド・ガイドラインの理念をふまえて、「子どもの成長支援に関する決議」を採択し、その中で、「少年犯罪の防止のために大人に求められていることは、子どもの悩みやストレスを早期に正面から受け止め、一人ひとりの子どもの尊厳を確保し、その力を引き出すことであ」り、そのためには、「学校や地域社会、福祉機関、医療機関、保健所などは、子どもに対する人権侵害を見逃さず、関係機関との連携を強めて、これに対処すべきであ」るとの提言を行っているところである。

単に規制・威嚇を強めることでは少年非行問題は解決しない。強制権限を背景に持つ者が、条例に規定される「不良行為」に該当するとして少年に対し権力的・画一的指導を行ったとしても、それは、少年が自ら抱える問題点を認識し、これを積極的に改めていこうとする真の更生への契機にはならない。更生への契機として必要なのは、個々の少年が抱える問題に応じたきめ細やかな対話・ケアなのである。

そのために必要な学校教育の充実、児童相談所の人員、予算増加を含む態勢・活動の充実、未就職者に対する就職の機会の提供等、先に取り組まれるべき福祉施策をなおざりにしたまま、ただ規制を強化するのみでは、少年非行の防止及び保護という目的は達成されない。

あるいは、地域社会が少年を温かく見守る中で、住民それぞれが、時には自ら少年を正し、時には積極的に少年を守ってやるという連携があることこそあるべき姿である。それにも拘わらず、下記のように、地域住民に対し、不良行為を行う少年について警察職員等へ通報するよう努める責務を法定化し、むしろ地域社会への警察権力の介入を促進するのは誤った方向性である。地域社会は少年の更生への最も有効な社会資源として活用されるべきであり、その保護力を強化するような取り組みが先になされるべきである

また、未だ犯罪に至らず、少年法上の「ぐ犯」さえ構成しない適法行為を「不良行為」として規制の対象とすることは、憲法13条後段から導かれる「警察比例の原則」に反するおそれがある。

さらに、本要綱案が予定するような警察権限の拡大は、その性質上、国法によって全国統一的に処理されるべき事項であると考えられるから、一地方公共団体たる奈良県の条例制定権の対象ではない。あるいは、制定権の範囲を超えると解される。

そもそも、奈良家庭裁判所管内における少年一般保護事件の年間新受件数は、ここ数年ほぼ減少傾向にある。また、奈良県と人口が近似する他の県に対応する家庭裁判所管内における同事件の年間新受件数を比較しても、奈良県の件数がことさらに多いとは必ずしもいえない。

すなわち、奈良県においてあえて少年非行の深刻な増加をいうべき根拠となる事情はなく、したがって、上記のように法律的に極めて問題のある条例を全国に先駆けて制定する必要性は全く存しない。

このように、本要綱案は、全体としてみても、多くの看過できない問題点を含むものである。


3 「不良行為」に対する規制の点について

本要綱案は、飲酒・喫煙・深夜はいかい等それ自体は少年が行っても犯罪とはならない行為についても「不良行為」として定義し規制の対象とする。

しかし、先に述べたように、犯罪行為・触法行為に該当せずぐ犯にも該当しない行為を規制の対象とし、警察権限を及ぼすことを可能にすることは、「警察権の発動及びその程度は、社会公共の秩序にとって容認できない障害の程度に比例すべきである。

また、その障害を除去すべき手段は、常に必要最少限度にとどめなければならない。」という警察比例の原則に反し許されない。本要綱案が定める「不良行為」の範囲は極めて広範にわたっており、かつその定義が漠然としているものもある。

これらを規制の対象とするならば、警察権限の市民生活に対する不当な介入をほとんど無限定に認めることにも繋がりかねない。

また、以下に挙げる行為を規制の対象とすることは特に問題である

第一に、本要綱案は、「自ら進んで児童買春の相手方となり、その他少年の健全な育成に障害を及ぼすおそれのある性交又は性交類似行為をする行為」や「正当な理由がなく、法律又は条例の規定により18歳に満たない者を立ち入らせることが制限されている施設に立ち入る行為(例:風俗営業の営業所、有害興行係る興行場など)」等を不良行為と定義するが、児童買春等性的搾取の対象となった少年は、少年法上のぐ犯に該当しない限り、被害者としてケアの対象とされるべきであり、警察職員による補導の対象とするのは不当である。

第二に、本要綱案は、「正当な理由がなく、学校を休み、又は早退若しくは遅刻をする行為」をも不良行為と定義するが、いわゆる不登校についても補導の対象とされてしまう危険があり、不当である。


4 「不良行為」に対する県民の責務を定める点について

本要綱案は、「県民は、不良行為少年を発見したときは、当該少年にその行為を止めさせるため必要な注意、助言又は指導を行うとともに、必要に応じ、保護者、学校関係者、警察職員その他少年の保護に関する職務を行う者に通報するよう努める。」とする。しかし、ここでいう「不良行為」とはあくまで非犯罪行為である

それにも拘わらず、このような行為を止めさせる努力義務及び保護者等に通報する努力義務を定めるとすると、それを望まない県民の内心の自由が侵害されることとなる

また、県民一般にこのような義務を課せば、問題を抱える少年及びその家族と地域住民を含む県民とを、条例による強制のもと行動を監視し、制限し、挙げ句は通報する側とされる側として対立するような状況に置くことは必至である

このような息苦しい状況が非行防止及び立ち直り支援に資するとは到底思われない。


5 警察職員に「不良行為少年」に対する補導の権限を付与する点について

本要綱案は、警察職員が不良行為少年を発見したときに、状況に応じて、これに対する注意、助言、指導、質問、警察施設への同行の要求、所持物件の提出要求、一時預かりないし廃棄の促進、警察施設においての一時保護、少年の保護者等への連絡をしうるとする。

しかし、繰り返しになるが、警察官の権限行使には警察比例の原則が妥当するところ、非犯罪行為を根拠として上記のような警察官の権限行使を認めることは、明らかに警察比例の原則に反する。

警察官の権限行使については、警察官職務執行法においてその要件が厳格に規定されているところ、本要綱案のいう「不良行為」のみを根拠として上記のような行為を行うことは、全く認められていない。職務質問でさえ、警察官職務執行法2条によれば、「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。」と厳格な要件を課されているのであり、このような要件を満たさない者に対し質問する権限を警察官に認めることは許されない。

ましてや、警察施設への同行の要求や警察施設においての一時保護は少年の人身の自由を、所持物件の提出要求、一時預かりないし廃棄の促進は少年の財産権を、少年の保護者等への連絡は少年のプライヴァシー権をそれぞれ直接に侵害するおそれがあるものである。

したがって、警察職員に対し補導の権限を付与することは絶対に許されない。


6 少年補導員の活動内容等を法定する点について

本要綱案は、民間ボランティアである少年補導員の委嘱要件、任期、活動内容、活動区域等について定めている。

しかし、少年補導員についてこのような事項を条例において定めることは、本来ボランティアである少年補導員を警察協力の組織として位置付け、警察の志向する少年非行防止施策をこれらを巻き込んで強化するということに繋がりかねない。

これは妥当ではなく、必要なのは、教育・福祉的施策の一層の強化であることは、再三繰り返しているとおりである。これらの者は、あくまで民間のボランティアとして自由に活動させるべきであり、但し県は必要に応じてこれらの者に対し直接に財政上の手当をするべきである。


7 まとめ

以上のように、本要綱案については、様々な看過できない問題点が存するので、当会は、これに対して反対の意見を述べるものである。

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