会長 山﨑靖子
意 見 の 趣 旨
本人通知制度は,その効用よりも弊害が大きいと考えられるため,同制度を導入するべきではないと考えます。
意 見 の 理 由
1 本人通知制度による弊害について
本人通知制度が実施され,住民票の写し及び戸籍謄抄本(以下,これら本人通知制度の対象文書を総称して「戸籍謄本等」といいます。)の交付申請をされた本人(以下,たんに「本人」といいます。)に対し,第三者による交付申請がなされたことが通知された際には,次のような弊害が予想されます
- 本人が,保全処分や強制執行をされることを察して,財産を隠匿する。
- 本人が,訴訟等を提起されることを察して,送達を受けないように行方をくらませる。
- 遺言者が推定相続人(本人)に知られずに公正証書遺言を作成しようと思っても,本人の戸籍謄本等を第三者請求した際にその存在を知られてしまうことをおそれ,その作成を躊躇する。
- 第三者請求が職務上請求による場合は,本人通知制度による通知がされた後,本人は,個人情報保護条例に基づいて,請求者である弁護士の氏名を知ることができるが,本人が戸籍謄本等を取得されたことについて被害感情を抱くときは,請求者との間に無用なトラブルが生じる。
そして,上記弊害が生ずることにより,権利者の目的が達成できないことや,権利者が,本人に知られることを懸念して戸籍謄本等の第三者請求を行えない結果,正当な権利行使を断念することが十分予想されます。
2 一定期間経過後の通知について
本人通知制度の弊害対策として,第三者請求から一定期間経過後に通知をする方式とした場合でも,前項(1)乃至(4)の弊害は防止できませんし,(1)の保全処分や強制執行に関しても,事情によっては,数か月内に申立てをすることができないこともあるので,相当な長期間経過後に通知する方式でなければ,弊害が生ずることになります。
3 不正請求防止のための現行の対策
現在,第三者による戸籍謄本等の交付申請は,原則として許されず,第三者に正当な理由がある場合にのみ許されています(戸籍法第10条の2,住民基本台帳法第12条の3)。また,第三者請求を行う際は,免許証の提示等,請求者の本人確認もなされています。
弁護士による現行の職務上請求の制度にあっては,特に不正請求が行われにくい仕組みになっています。職務上請求用紙には,事件の種類や請求目的等を相当程度記載することが求められています。虚偽の記載が許されないことは周知されているところであり,その違反に対しては,戸籍法の罰則や弁護士会の懲戒制度があります。仮に不正請求が行われたとしても,弁護士の職務上請求用紙には固有の番号が割り当てられているため,どの弁護士の職務上請求用紙が利用されたか容易に分かる仕組みにもなっています。
このように,第三者請求,特に弁護士の現行の職務上請求は,不正請求に対する対策がなされています。
4 本人通知制度の効用について
本人通知制度は,通知を受けた本人が直ちに調査をすることにより,不正請求を発見する仕組みです。本人が知ることによって,不正請求による被害の拡大を防止する端緒となります。
ただ,請求をされた後の対策であり,しかも,調査をしなければ不正請求であるかどうかを判断できない点において,不正請求を防止する効果は限定的です。不正請求であるかどうかの判断も,本人にとっては難しい場合もあります。保全処分を例に挙げると,実体法上,結果として,本人に義務がなかった場合でも,判決によって権利関係が確定しない限りは,本人は債務者(又は債務者の可能性がある者)の立場にありますので,保全処分の申立てをするために戸籍謄本等の第三者請求をすることは,正当な理由に基づくことになります(実体法上の権利がないことが明白な場合は,正当な理由がないとされることも考えられますが,極限的な場合に限られると思います。)。
5 本人通知制度の当否
戸籍謄本等は,相続,不動産取引及び裁判手続等の場面において,家族関係や居住関係等の個人の属性を公証するために,提出を求められる文書です。戸籍謄本等に記載される情報は,一定の範囲の者に対しては開示されることが予定されていますので,本人も,社会生活を営むうえで,上記情報が他人に知られることも認めなければなりません。
戸籍謄本等の第三者請求は,正当な理由がある限り,当該請求者の権利行使のために尊重されるべきです。また,上述のとおり,本人通知制度には軽視すべきでない弊害があるうえ,不正請求を防止する効果も限定的です。さらに,現行の第三者請求,特に弁護士の職務上請求においては,不正請求に対する対策が施されており,これにより不正請求が一定程度防止されています。
したがって,意見の趣旨のとおり,本人通知制度を導入するべきではないと考えます。