奈良弁護士会

「奈良県少年補導に関する条例(案)」に反対する会長声明

奈良弁護士会
 福井 英之

  1. はじめに
    現在開会中の奈良県議会において、「奈良県少年補導に関する条例(案)」が上程されている。
    この「奈良県少年補導に関する条例(案)」(以下、単に「本条例案」という。)には重大な問題点があるので、当会は、その問題点を指摘したうえ、このような条例の制定に反対するものである。
  2. 本条例案の問題
    本条例案は、「不良行為少年の補導に関し、保護者及び県民の責務を明らかにするとともに、警察職員及び少年補導員の活動に関して必要な事項を定め、もって少年の非行の防止と保護を通じて少年の健全な育成を図ること」をその目的とするという。
    少年の健全育成及びそのための少年非行の防止それ自体は重要な社会の利益である。しかし、奈良家庭裁判所管内における少年一般保護事件の年間新受件数は、ここ数年ほぼ減少傾向にある。また、上記新受件数と、奈良県と人口が近似する他の県に対応する家庭裁判所管内における同事件の年間新受件数とを比較しても、奈良県の件数がことさらに多いとはいえない。すなわち、奈良県において特に少年非行の深刻な増加をいうべき根拠となる事情はなく、したがって、以下のように問題点の多い条例を今あえて制定すべき必要性はない。
    また、少年非行の防止を実現するための手段として、本条例案は警察権限を拡大し少年の行為に対し広範な規制を及ぼすことを予定しているところ、このようなやり方は、適切な手段とはいえない

    第一に、少年非行防止のための成長支援の本来的あり方は警察権限による規制ではなく教育・福祉的政策であることは既に世界的潮流であり、2001年11月に奈良で開催された日本弁護士連合会主催第44回人権擁護大会においても、このような流れをふまえて、「子どもの成長支援に関する決議」を採択し、その中で、「少年犯罪の防止のために大人に求められていることは、子どもの悩みやストレスを早期に正面から受け止め、一人ひとりの子どもの尊厳を確保し、その力を引き出すことであ」り、そのためには、「学校や地域社会、福祉機関、医療機関、保健所などは、子どもに対する人権侵害を見逃さず、関係機関との連携を強めて、これに対処すべきであ」るとの提言を行っているところである。

    単に規制・威嚇を強めることでは少年非行問題は解決しない。強制権限を背景に持つ警察官が、条例に規定される「不良行為」に該当するとして少年に対し権力的・画一的指導を行ったとしても、それは、少年が自ら抱える問題点を認識し、これを積極的に改めていこうとする真の更生への契機にはならない。問題行動には、子ども自身の悩みや劣等感が顕れていることが多い。したがって、更生への契機として真に必要なのは、個々の少年が抱える問題に応じてきめ細やかな対話・ケアを行い、少年が自己肯定感を持てるようにすることなのである。
    そのために必要な学校教育の充実、児童相談所の人員・予算増加を含む態勢・活動の充実、未就職者に対する就職の機会の提供等、先に取り組まれるべき福祉施策をなおざりにしたまま、ただ規制を強化するのみでは、少年非行の防止及び保護という目的は達成されない。

    第二に、本条例案は、県民が不良行為少年を発見したときにこれを止めさせる努力義務及び保護者等に通報する努力義務を定める。
    しかし、本条例案のいう「不良行為」とはあくまで非犯罪行為であるから、それにも拘わらず、このような行為を止めさせる努力義務及び保護者等に通報する努力義務を定めるとすると、それを望まない県民の内心の自由が不当に侵害されることとなる。また、県民一般にこのような義務を課せば、問題を抱える少年及びその家族と地域住民を含む県民とを、条例による強制のもと、行動を監視し、制限し、挙げ句は通報する側とされる側として対立するような状況に置くことは必至である。このような息苦しい状況が非行防止及び立ち直り支援に資するとは到底思われない。むしろ、問題を抱える少年及びその家族を、地域社会から疎外してしまうことにもなりかねないし、このような方向性は、地域社会が一体となっての子育て支援を掲げて県が一方で進めている「新結婚ワクワクこどもすくすくPlan(奈良県次世代育成支援行動計画)」とも整合しない。

  3. まとめ
    以上のように、本条例案については、様々な看過できない問題点が存するので、当会は、これに対して反対の意見を述べるものである。

「奈良県少年補導に関する条例(案)」に反対する会長声明(要旨)

現在奈良県議会に上程されている「奈良県少年補導に関する条例(案)」(以下、単に「本条例案」という。)には重大な問題点があるので、当会は、その問題点を指摘したうえ、このような条例の制定に反対するものである。

第一に、司法統計年報等を検討する限り、現在奈良県において少年非行の深刻な増加をいうべき根拠となる事情は特になく、したがって、以下のように問題点の多い条例を今あえて制定すべき必要性はない。

第二に、少年非行の防止を実現するための手段として、本条例案は警察権限を拡大し少年の行為に対し広範な規制を及ぼすことを予定しているところ、このようなやり方は、適切な手段とはいえない。
少年の問題行動には、社会が抱える歪みに端を発する少年自身の悩みや劣等感が顕れていることが多い。したがって、単に規制・威嚇を強めることでは少年非行問題は解決しない。更生への契機として必要なのは、個々の少年が抱える問題に応じてきめ細やかな対話・ケアを行い、少年が自己肯定感を持てるようにすることである。
そのために必要な学校教育の充実、児童相談所の人員・予算増加を含む態勢・活動の充実、未就職者に対する就職の機会の提供等の福祉施策をなおざりにしたままでは、少年非行の防止及び保護という目的は達成されない。

また、本条例案が定める「不良行為」の範囲は、不登校をこれに含みうるなど極めて広範にわたっており、かつ、その定義が漠然としているものもある。さらには、未成熟の少年が、自らを補導しようとする警察官に対して、全くの任意に行動を決することができるとは必ずしもいえないから、このような条例が制定されれば、警察権限の市民生活に対する強権的な介入をほとんど無限定に認めることにも繋がりかねない。

第三に、本条例案のように、不良行為少年を発見したときにこれを止めさせる努力義務及び保護者等に通報する努力義務を県民一般に課せば、問題を抱える少年及びその家族と地域住民を含む県民とを、通報する側とされる側として対立するような息苦しい状況に置くことは必至である。このような状況は、むしろ、問題を抱える少年及びその家族を、地域社会から疎外してしまうことにもなりかねない。また、このような方向性は、地域社会が一体となっての子育て支援を掲げて県が一方で進めている「新結婚ワクワクこどもすくすくPlan(奈良県次世代育成支援行動計画)」とも整合しない。

以上のように、本条例案については、様々な看過できない問題点が存するので、当会は、これに対して反対の意見を述べるものである。

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