奈良弁護士会

精神障がい者に対する福祉医療制度の拡充を求める会長声明

奈良弁護士会
会長 中西 達也

 

  1.  2014(平成26)年2月、奈良県は、精神障害者保健福祉手帳の1級・2級所持者に対して、これまでにも行われていた精神科通院医療費の自己負担分に対する助成に加えて、同年10月診療分より、全診療科の入院・通院についても医療費助成を行うこと(精神障害者医療費助成事業)を発表した。
      これは、具体的には、各市町村が実施している障がい者に対する福祉医療制度につき、上記精神障がい者も対象に含めて医療費の助成を行うように事業変更すれば、県が自治体負担分の半額の助成を実施するというものである。
      奈良県のこのような施策は、精神障がい者が現在置かれている生活状況等に照らしその福祉をより厚く保障しようとするものであり、高く評価することができる。
      これに基づき、県内の全ての町村は、2014(平成26)年10月より既にこれに沿った事業変更を行い、精神障がい者に対する医療費助成を行っている。
  2.  しかし一方、全ての市(12市)は、現時点では、財源確保の困難さや他の障がいとの整合性等を理由として、事業変更の実施時期を明確にせず、あるいは事業内容につき独自に精神障害者保健福祉手帳1級所持者のみを対象にするなどとして、県の方針通りの事業変更に応じていない。
      このような12市の態度は、理解に苦しむといわざるを得ない。
  3.  そもそも、精神障がい者は、2013(平成25)年に至ってようやく障害者雇用促進法における法定雇用率の算定基礎に加えられたこと等に象徴されるように、近年まで障がい者福祉施策の対象とは必ずしも捉えられていなかった。
      しかし、そのような施策の遅れの結果、精神障がい者は、まず、身体障がい者や知的障がい者と比べても、雇用率が低い。その一方で、その障がい特性もあって障害年金の無年金者が非常に多いので、結果、経済的に困窮している者が少なくないという傾向がある。
    他方、精神障がい者は、定期的な通院や服薬の必要性が高く、体調が安定しないために入院を繰り返すケースも多く、また生活習慣に起因した身体疾患を併発している者も多いため、他の障がい類型と比べても、医療ニーズが特に高い。
      県の上記精神障害者医療費助成事業は、精神障がい者に対するアンケート調査等から判明したこのような深刻な生活実態を踏まえ、精神障がい者が必要な医療を受けられることを積極的に保障しようとしたものである。
      それにもかかわらず、12市がこれに速やかに協調しないのは遺憾である。
  4.  わが国も2014(平成26)年1月に批准した「障害者の権利に関する条約」は、障がいとは社会に存在する障壁によってもたらされるものであり、その障壁の解消に向けて取り組むべきは社会の側の責任であると高らかに述べている。
      精神障がい者が医療を受けたくとも受けられない状態はまさに社会に存在する障壁によってもたらされる障がいである。したがって、一刻も早く必要な医療を受けられるようにすることは社会の責任である。また、それにより精神障がい者の自立及び社会参加が支援されることにもなり、ひいては、「全ての国民が、障害の有無によつて分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」の実現(障害者基本法1条参照)にも繋がり得るのである。よって、それは自治体にとって必要な財政支出である。現に、県内の各町村は、そのことを理解したうえでこれに取り組んでいるのは、前述のとおりである。
      それにもかかわらず、12市が身体障がい者及び知的障がい者に対し福祉医療制度を実施しながら、県の施策方針に反し、「他の障がいとの整合性」といった必ずしも合理的とはいえないような理由に基づいてあえてことさらに精神障がい者をその対象に含めないとすれば、それは、精神障がい者に対しその社会的障壁の大きさを軽視し、差別を助長することになりかねない。
  5.  したがって、当会は、精神障がい者の医療を受ける権利を実質的に保障するため、現在、精神障がい者に対する福祉医療制度について未実施の12市に対し、速やかに、奈良県の方針に従い、精神障害者保健福祉手帳の1級・2級所持者もその対象に含めて実施することを求める。

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