奈良弁護士会

「テロ等準備罪」 法案の国会提出に反対する会長声明

 奈良弁護士会 
 会長 佐々木 育子

 

  1.  いわゆる「共謀罪」法案は、これまで国会に3回提出されたが、国民の思想信条の自由や表現の自由等を侵害し、捜査機関による恣意的な運用がなされる危険性がある等の理由で、いずれも廃案とされた。ところがこのたび、政府は、2017年の通常国会に、テロ対策を理由として、これまでの「共謀罪」とは要件をやや異にする「テロ等準備罪」を新設する法案を提出するとの方針を固めた。
  2.  しかし、今回の法案も、従前廃案とされた法案と本質的に変わるところがない。新聞等の報道によれば、今回提出予定の法案でも、組織的犯罪集団の活動として長期4年以上の懲役・禁錮にあたる罪を2人以上で「計画」することが処罰の対象とされている。処罰の対象はあくまで内心(計画)であって行為ではない。また、長期4年以上の懲役・禁固が定められている犯罪は、軽微な犯罪も含め600以上も存在している 。新たに付け加えられた「組織的犯罪集団」の概念も広範で、「目的が長期4年以上の懲役・禁錮の罪を実行することにある団体」とされているため、有効な歯止めとはならない 。さらに、今回の法案では、計画をした者のいずれかが、「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為」をすることが客観的処罰条件とされているものの、 その「準備行為」なるものには、預金の引出や現場の下見など、日常ありふれた行為も含まれ得るから、このことも有効な歯止めとはならない。
     そもそも、我が国の刑事法体系は、人の生命、身体、財産などの法益が侵害され、またはその危険性が生じて初めて、国家権力がこれを処罰できるというシステムになっている。人は悪い考えを心に抱き、口にすることがあるかもしれないが、しかし大多数の人は自らの良心や倫理観からこれを実行に移すことはなく、犯罪の着手に至らない。犯罪の処罰について、「既遂」を原則とし、必要な場合に限って「未遂」を処罰し、更にごく例外的にきわめて重大な犯罪に限って着手以前の「予備」を処罰しているのは、刑事法が「意思」を処罰するのではなく、法益侵害の現実的危険性がある「行為」を処罰するものであるからである 。しかし「テロ等準備罪」は、このような刑事法の体系を壊すものであり、組織犯罪との関係が疑わしく、未遂犯でも処罰の対象になっていない犯罪についても、そこに至るはるか前の段階から罪を成立させ、きわめて曖昧で広範な処罰を可能にするから、権力による濫用のおそれが極めて高い。
     
  3.  また、政府は、同罪を成立させる必要性について、かつては国連越境組織犯罪防止条約(パレルモ条約)批准の必要性を挙げ、今回はテロ対策を強調している。しかし、そもそもパレルモ条約は、国境を越えて活動するマフィアや、麻薬の密売、人身売買等の集団の行う経済活動を規制するものであり、国連が作成した立法ガイドからも、政治的宗教的なテロ組織を規制するものではないことは明白である。また上記の国連の立法ガイドでも、締結国に一定の立法裁量があることが記載されており、長期4年以上の懲役・禁固以上の犯罪に形式的に「共謀罪」を成立させないと条約が批准できないとは解されない 。
     また、わが国におけるテロ対策としては、既に、殺人や放火、内乱等の重大犯罪の予備罪・共謀罪が50以上立法されている。また、爆発物取締罰則(陰謀罪)、化学兵器、サリン、航空機の強取などテロ行為となりうる行為については特別法で未遂以前の処罰が可能とされているし、アメリカ等と異なり銃砲刀剣類の所持も特別法で厳重に規制されている。しかも、判例上、予備罪の共謀共同正犯も認められている 。そうであれば、テロ対策としても、屋上屋を重ね、「テロ等準備罪」を制定する必要がないことは明らかである。
  4.  また、人の内心にわたる「計画」ないし「共謀」を処罰可能にすれば、これに対する広範な捜査活動も正当化されてしまう。今般、刑事訴訟法改正により、捜査機関の通信傍受の対象が拡大したが、「テロ等準備罪」が成立し、かつ、同罪も通信傍受の対象犯罪とすることになれば、市民の会話を日常的に監視・盗聴することも可能となりかねない。また、上記刑事訴訟法改正では、いわゆる「司法取引」も可能となったため、疑わしい行為を見聞きしただけで、処罰を免れようと過剰に反応して、捜査機関に通報するという事態を誘発しかねず、えん罪の温床となることも危惧される。
  5.  このように、「テロ等準備罪」法案は、その制定を正当化する立法事実を欠くだけでなく、過去に廃案とされた法案同様、国民の思想信条の自由や表現の自由、プライバシー権など憲法の基本的人権を大きく侵害し、相互監視社会を生む危険がある 。
     したがって、当会は、その国会提出に反対するとともに、立法化の動きに対しては、これを阻止し市民の自由を保障するため、全力を尽くす所存である。

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