奈良弁護士会

生活保護基準について一切の引下げを行わないよう求める会長声明

 奈良弁護士会 
 会長 緒方 賢史

 

  1.  昨年12月22日、内閣は、生活保護の基準を最大5パーセント引き下げ、その国費負担分を年間160億円削減することを含む2018年度予算案を閣議決定した。
     今回の保護基準引下げは、昨年12月8日に厚生労働省が社会保障審議会生活保護基準部会の中で示した案の方向性に沿うものである。これは、2013年からの基準引下げ等の流れを更に推し進めるものであり、他方で児童養育加算の支給対象の拡大はあるにしても、特に子どものいる世帯や高齢世帯に深刻な影響を与えるといわざるを得ない。
  2.  そもそも、生活保護基準は、憲法25条が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するための具体的基準である。
     しかし、生活保護基準は、これまでにも、2004年からの老齢加算の段階的廃止、2013年からの生活扶助基準の削減、2015年からの住宅扶助基準・冬期加算の削減と連続した引下げがなされており、現行の生活保護基準ですら、健康で文化的な生活を維持するために十分なものとはいい難い。とりわけ、2013年からの生活保護基準の引下げに対しては、奈良県を含む全国29都道府県において、955名の原告が違憲訴訟を提起し、現在も係争中である。
     
  3.  ところで、今回の基準引下げは、全世帯を10の所得階層に分けた上で、下位10パーセント(第1・十分位層)の消費水準に合わせて生活保護基準を「調整」するという厚労省案をベースにしている。
     しかし、我が国では、生活保護の捕捉率(収入が生活保護基準未満の世帯のうち実際に生活保護を利用している世帯の割合)は2割ないし3割程度にとどまると推測されている。すなわち、第1・十分位層の中には、実際には、自身が生活保護を受給できるにもかかわらず、これを利用できず、最低生活費未満での生活を余儀なくされている人たちも多数存在する。
     このような所得階層に合わせて生活保護費を「調整」すれば、「本来あるべきでない水準」に合わせて「本来あるべき基準」を引き下げる結果となりかねないが、これが不合理であることはいうまでもない。
  4.  更に、我が国が批准している子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)では、子どもの身体的、精神的、道徳的及び社会的な発達のための相当な生活水準についてのすべての権利を認め(27条1項)、締約国に対し、この権利を実現するため、父母及び子どもについて責任を有する他の者を援助するための適当な措置をとることを義務付けている(同3項)。また、休息、余暇、子どもの年齢に適した遊び及びレクリエーションの活動、文化的な生活及び芸術に自由に参加する権利も認めている(31条)。生活保護基準は、当然、これらの要求を満たすものでなければならないが、子どものいる世帯について、上記のような生活保護基準の引下げ等を行えば、同条約の趣旨にも反する結果となる。
  5.  生活保護基準は、最低賃金、就学援助の給付対象基準、介護保険の保険料・利用料や障害者総合支援法による利用料の減額基準、地方税の非課税基準等、労働・教育・福祉・税制等の多様な施策の適用基準と連動している。したがって、生活保護基準の引下げは、生活保護利用世帯の生存権を直接脅かすとともに、生活保護を利用していない市民の生活にも多大な影響を及ぼす。
  6.  以上より、当会は、国に対し、来年度の予算編成過程において一切の生活保護基準の引下げを行わないよう求めるものである。

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