奈良弁護士会

安倍晋三元内閣総理大臣に対する銃撃事件に関する取材及び報道についての会長声明

2022年(令和4年)8月9日
奈良弁護士会 会長 馬場 智巌

  1.  2022年(令和4年)7月8日、近鉄大和西大寺駅前において、安倍晋三元内閣総理大臣が射殺されるという痛ましい事件が発生した。当会は、被害に遭われた安倍氏とその遺族に対し深い哀悼の意を表する。
  2.  ところで、本件については、以下のような報道がなされている。
    (1)第1に、特に事件発生直後から、銃撃の場面の映像が幾度となく繰り返し放映された。
    (2)第2に、逮捕勾留中の被疑者の取調べにおける供述が極めて大量かつ即時に報道されている。
    (3)第3に、被疑者の供述内容以外の捜査情報、例えば犯行の準備状況等があたかも正しい情報であるとの前提で大量に報道されている。
  3.  しかしながら、以上の報道機関の報道姿勢及びそれを許し意図的で行き過ぎたリークを行っているとも言える捜査当局の姿勢には刑事手続の根幹に触れる問題を含んでいると言わざるを得ない。
     すなわち、銃撃場面の強調によって徒に感情を刺激し、捜査機関が被疑者の供述の一部を恣意的に選別して報道機関に情報提供し、加えて、真実性について何の担保もない捜査情報も同様に広く報道された結果、これらの報道内容が、将来裁判員として刑事裁判の審理に関わるであろう市民の目にも触れたであろうことは想像に難くない。
     このことは、裁判員に選ばれた市民が上記問題のある報道内容によって、事件の審理に関わる以前に、事件に対し偏った感情を抱き、一定の意見や偏見をもって審理に臨む結果になりかねないことを意味する。それは、事前に被告人に予断や偏見をもつことなく、刑事訴訟手続で適法に取り調べられた証拠に基づいてのみ判断を行うという予断排除という刑事訴訟の大原則に反する結果となる。
  4.  以上の見地から、当会は、捜査当局に対しては、予断を与える恣意的な情報提供行為を止めるよう求め、報道機関に対しても、節度ある取材活動及び報道姿勢を求める。
    もとより、報道機関が事件の真実に迫り、報道することは可能な限り憲法上尊重されるべきことは当然であるが、裁判の公正のために正確な事実に基づく冷静な報道がなされることの重要性について改めて責任ある報道機関の自覚と配慮を求めるものである。

以上

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