奈良弁護士会

集団的自衛権ないし先制攻撃の手段としての「反撃能力」の保有・行使に反対する会長声明

  1.  2022年(令和4年)12月16日、岸田内閣は「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」を閣議決定した。
     これらの文書においては、「我が国に対する武力攻撃が発生し、その手段として弾道ミサイル等による攻撃が行われた場合」に「相手の領域において、我が国が有効な反撃を加えることを可能とする、スタンド・オフ防衛能力等を活用した自衛隊の能力」(以下「反撃能力」という。)を保有・行使することが明記されている。
     しかし、これには、以下に述べる通り、2つの法的問題がある。
  2. 「反撃能力」の保有と憲法9条2項
     国家安全保障戦略には、「反撃能力」とは「1956年2月29日に政府見解として、憲法上、『誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である』としたものの、これまで政策判断として保有することとしてこなかった能力に当たるもの」(いわゆる「敵基地攻撃能力」)との説明がある。
     しかし、「政策判断として」保有しなかったとの記述は正確でない。上記政府見解に対しては、1959年(昭和34年)に「こういう仮定の事態を想定して、その危険があるからといって平生から他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持っているということは、憲法の趣旨とするところではない。」との政府見解が追加され、さらに、1970年(昭和45年)には、より一般的な形で「攻撃的兵器の中でたとえばB52のようなもの、あるいはICBM、あるいは中距離弾道弾、このように他国の領域に対して直接脅威を及ぼすものは禁止されている」との政府見解が示された。つまり、かかる攻撃的兵器を保有することは、憲法9条2項の下で自衛隊創設当初から確認された「自衛権行使の三要件」の論理的帰結として、違憲とされてきたのである。
     ところが、当会が憲法違反と主張する安保法制及びそれに先立つ安倍内閣の閣議決定により、上記三要件が修正され、集団的自衛権行使に途が開かれた。すると、「必要最小限度」の要件等の意味あいも変わり、相手国での武力行使に参加する手段として、「他国の領域に対して直接脅威を及ぼす攻撃的兵器」を保有する余地が生じる。
     そして、現代にあって相手国のミサイル攻撃能力を封じようとすれば、相手国のミサイル基地にとどまらず、「相手国の指揮統制機能等」をも対象とする大規模な攻撃能力が必要となる。それが「反撃能力」である。
     しかも、国家安全保障戦略は「反撃能力」が集団的自衛権行使の際に行使されることも想定している。そして、「反撃能力」の主力たる長射程のスタンド・オフミサイルは、相手国のミサイル発射関連施設以外のもの、たとえば艦艇や上陸部隊等をも標的とする。それゆえ、たとえば、台湾防衛のための日米共同の集団的自衛権行使の場面でも活用しうる。
     かかる戦力を保有することは、違憲の安保法制を既成事実化するのみならず、従前と次元の異なる運用を可能にするものであり、憲法9条2項の下で許されるとは到底解し得ない。
  3. 「反撃能力」の行使と国連憲章・憲法9条1項
     前項で論じた攻撃能力を保有すれば、その行使と国連憲章及び憲法9条1項との関係も問題となる。すなわち、国連憲章2条4号は武力不行使原則を定めており、その例外として国連憲章51条が存するが、同条は、個別的・集団的を問わず、自衛権行使の要件として「武力攻撃が発生」することを求めている。その解釈として、被害の発生までは必要でないが、少なくとも「武力攻撃の着手」は必要とされるべきである。それ以前の「脅威」の段階での武力行使は、違法な先制攻撃となり、憲法9条1項にも反する。
     この点、国家安全保障戦略には、「相手からミサイルが発射される際にも、ミサイル防衛網により、飛来するミサイルを防ぎつつ、反撃能力により相手からの更なる攻撃を防」ぐとの記載がある。しかし、岸田総理が「反撃能力」が相手国のミサイル発射後に行使されるか否かにつき回答を拒否していることに加え、「反撃能力」が(相手国のミサイル発射前に行使することを想定した)「敵基地攻撃能力」と本質的に同一であるとの説明や、ミサイル防衛網だけでは対応できないから「反撃能力」が必要となるとの論理からすると、「反撃能力」が相手国のミサイル発射前に行使されるとの懸念を払拭できない。その場合、相手国のミサイル発射前に武力攻撃の着手があったことを証明するのは極めて困難であるうえ、共同して武力行使するであろう米国が「先制的自衛」と称して「脅威」の段階での先制攻撃を可とする特異な見解を採っていることも考慮すると、「反撃能力」の行使が、国連憲章51条を逸脱し、国連憲章と憲法9条1項に違反する先制攻撃(侵略戦争)となる可能性を排除できない。
     これに対し、国家安全保障戦略は抽象的に「先制攻撃は許されない」とも述べるが、その基準や武力攻撃の着手の立証方法は明らかでない。
     昨年2月のロシアによるウクライナ侵略は、侵略戦争の危険を改めて認識させた。しかし、わが国が第二のウクライナになることを危惧するのであれば、第二のロシアになることをも危惧しなければならない。ロシアがこの戦争を正当化するために用いたのは、まさに「先制的自衛」(先制攻撃)の論理であった。
  4. 上記の趣旨により、当会は、集団的自衛権ないし先制攻撃の手段としての「反撃能力」保有・行使につき、反対するものである。

2023年(令和5年)2月22日
奈良弁護士会
会長 馬場 智巌

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