奈良弁護士会

最高裁の「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」 についての意見書

奈良弁護士会
会長 西村 香苗
奈良弁護士会高齢者・障がい者支援センター運営委員会
委員長  板野 陽一

第1 意見の趣旨

  1.  成年後見事件の基本報酬に関する現行の報酬基準は、原則として維持すべきである。
  2.  財産額が多額であれば、通常はそれだけ事務量が増え、これを管理する責任も大きくなるため、財産額を報酬算定の考慮要素として維持すべきである。
  3.  身上監護事務や後見人支援事務のほか、弁護士がその専門性を生かして法律業務を行った場合にも、適正な報酬加算を行うべきである。
  4.  現時点において、報酬基準が不明確であり、まずは合理的な報酬算定基準を明確に示すべきである。加えて、現行の家庭裁判所において、後見事務の個別評価を迅速に実施するための事務処理体制が取れるのかを再検討するとともに、さらなる事務処理体制の充実を実現すべきである。
  5.  「報酬は、財産額の多寡を問わず、その標準的な難易度に応じて標準額を定め、その事務の質に応じて額を加算する」という方針に従った報酬の付与が、本人の生活を脅かすことなく確実に行われるようにするため、まずすべての市町村で、成年後見利用支援事業の運用が抜本的に改善され、公費による報酬助成の拡充が実現された段階で、現行の報酬基準の変更の要否を検討すべきである。
  6.  報酬基準が変更されるとしても、単なる報酬の切り下げにとどまるのではなく、本人の受けるメリットに応じた適正な報酬基準を策定するとともに、真に成年後見制度の利用促進につながる報酬算定の在り方を再検討すべきである。

第2 意見の理由

  1.  平成28年5月13日、成年後見制度の利用の促進に関する法律(以下「促進法」という)が施行された。促進法の基本理念は、「成年被後見人等が、成年被後見人等でない者と等しく、基本的人権を享有する個人としてその尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障されるべきこと」であり、同法のもと、成年後見制度の利用を総合的かつ計画的に推進することとされている。平成29年3月、促進法に基づき、「成年後見制度利用促進基本計画」(以下「基本計画」という)が閣議決定され、その中では、「本人がメリットを感じられる制度運用の実現」が政策課題の一つとして掲げられた。
  2.  基本計画の内容を踏まえ、最高裁判所事務総局家庭局(以下「当局」という)は、平成30年1月頃から親族後見人や市民後見人の活用や、親族後見人の支援を行う中核機関が整備されるまでの間、親族後見人の適正な業務を支援するために専門職後見監督人が一定期間関与するといった考え方を示し、少子高齢化の中で利用しやすい成年後見制度を目指し、日本弁護士連合会等の専門職団体と協議を行った。
  3.  しかし、その後、当局が、平成30年4月13日に、各地の家庭裁判所等に発した「基本計画を踏まえた専門職の選任と後見事務の在り方について」では、先述の指針のほか、「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」が示されていた。そこでは、現在の算定方法につき、
    ① 後見事務の内容にかかわらず一定の報酬が一律に付与される点
    ② 財産額が多額であるだけで報酬額が高額になる点
    ③ 財産管理事務以外の事務は、報酬算定の際に評価しづらい点
    を問題点として指摘した上で、
    ①に対して、後見事務の内容を問わずに一定の報酬を付与する「基本報酬」という考え方は採用しない
    ②に対して、財産額を基準に報酬を算出する考え方は採用しない
    ③に対して、財産管理事務以外にも、身上監護事務や後見人支援事務についても高く評価する
    という報酬算定の基本的な考え方が記載されていた。
    また、今後の報酬算定の在り方として、「報酬は、後見事務の難易度及びその事務の質に応じて評価」するものとし、「後見事務を類型化し、その標準的な難易度に応じて「標準額」を定め、その事務の質に応じて額を加減して具体的な金額を算定」するという方向性が示された。
  4.  しかし、当会は、「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」の策定の経緯について、以下の通り、極めて大きな問題があると考える。
     後見報酬の算定の在り方については、専門職団体内部においても様々な意見があり得るところ、専門職団体と何ら協議を経ていないにもかかわらず、本人の財産額に応じた基本報酬という考え方を止めるという方向性を定めたうえで、今後、同資料に基づき当局と専門職団体との間で具体的な検討を行うことになったとして、各地の家庭裁判所等に案を配布したことは、非常に大きな問題である。当局がこのような文書を各家庭裁判所に送付すると、あたかもその案が決定事項であるかのように取り扱われるおそれがあるが、このような手法は、これまで成年後見制度の利用・普及に大きく関わってきた専門職団体の役割や立場に対する配慮を欠くものであり、きわめて遺憾である。
     このような批判を踏まえて、現在、最高裁と専門職団体との間で、適正な報酬基準のあり方について議論が進みつつあるが、実際に後見人業務を行っている専門職団体の意見に耳を傾けずに、適正かつ合理的な報酬基準を定めることはできないことを念頭におくべきである。
  5.  また「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」の内容についても、以下に述べるように看過しがたい問題点がある。
    (1) まず、基本報酬という考え方は、維持すべきである。
    そもそも、後見人の業務は、日々発生する数多くの作業の集合体であり、財産管理や身上監護だけで割り切れるものではない。そのため、一つ一つの作業を類型化して単価を付け、積算して報酬を算定することは困難である。また、「基本報酬」という概念があるからこそ、後見報酬額の目処が立ち、長期的かつ持続的な活動も可能になるところ、これが「標準額」の名のもと、途中で難易度が下がった等の理由を付けて徐々に切り下げられるとなると、最初に予定していた後見業務を継続しにくくなるおそれがある。本人の意思決定支援や身上監護において十分な取り組みを推進していくためには、当該専門職後見人の事務所における業務体制も含めてコストがかかるのであり、これを今後さらに充実させていくためにも現在の報酬水準を維持する必要がある。
    (2) 次に、財産額に応じて標準額を上げないという考え方には、反対である。本人に資力や資産があれば、それを管理し活用するために後見事務が複雑になっていくことは容易に想定されるし、また、管理する財産額が多ければ多いほど、当然財産管理に対する責任の度合いも重くなるからである。そのため、仮に後見報酬の際、「標準額」という考え方を採る場合であっても、財産額の多寡という要素は当然加味すべきである。
    (3) 他方、後見報酬を算定する上で、身上監護や後見人支援事務などの財産管理事務以外についても高く評価する、という方針には基本的に賛成する。なぜなら、このような本人にとってメリットが感じられる諸活動に対して適正な報酬を認めること自体、成年後見制度利用促進計画の趣旨に合致するからである。
     それに加え、後見人が、訴訟対応、自己破産申立て、遺産分割などの法律事務を行った場合においても、そのような代理行為を行ったことにより本人にはメリットが生じているのであるから、後見報酬算定の際には適正な加算を行うべきである。
    (4) ところで、「基本報酬」という考え方を採用しない場合、身上監護や財産管理の後見事務の一つ一つの実績を評価し、その積算により後見報酬を計算し「標準額」や「付加報酬」を計算していくことになるものと考えられる。しかし、具体的にどのような業務をどのくらいの分量で行うと、いくらの報酬が付与されるかについて、現時点において明確な基準が全く示されていない。さらに、現在でさえ極めて多忙となっている家庭裁判所の後見等監督事務の状況を鑑みれば、果たして個々の後見業務の成果を正しく評価したうえで、適正な後見報酬を迅速に算定できるか、甚だ疑問である。後見人が後見事務を業として行う以上、報酬付与決定が遅滞することは絶対に避けるべきであるところ、まずは、当局が報酬の査定を迅速に行うための体制整備につき具体的に提案すべきである。
    (5) さらに、事案の難易度に応じて報酬の「標準額」を上げていくにしても、本人に資産がなければ、結局苦労した分の報酬を獲得することはできず、家庭裁判所による報酬決定は、絵に描いた餅になりかねない。
     基本計画では、公的な報酬助成の制度として、地域支援事業及び地域生活支援事業として各市町村で行われている成年後見利用支援事業について、未実施の市町村は実施を検討していくこと、報酬助成の対象を市町村長申立に限定せずさらに広げていくことを提言している。しかし、奈良県社会福祉協議会が実施した「平成30年度市町村における成年後見制度に関する取り組みアンケート」によれば、奈良県内39の市町村において、成年後見利用支援事業の要綱を作成しているのは、高齢者分野では30カ所、障害者分野では32カ所にとどまる。また、報酬助成を実施している市町村の多くは、対象を市町村長申立事案に限定するとともに、1件か2件分の報酬助成分しか予算を確保していないばかりか、助成を生活保護受給者に限定したり、少しでも預金がある場合には助成を認めないなどの運用を行っている結果、ほとんど予算を執行していない現状がある。
     そのため、低収入・無資産案件については、現況のもとで家庭裁判所が身上監護面等の過大な労力がかかったことを高く評価し、報酬額を引き上げようとしても、原資がないために報酬が支払われず、結局のところ、家庭裁判所が地道な後見活動に対する報酬評価を行おうとする趣旨が没却されることになりかねない。
    (6) 当会も、成年後見制度利用促進基本計画において掲げられた「本人がメリットを感じられる制度運用の実現」は、積極的に推進していくべき課題であると認識している。しかし、今回の当局の「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」がそのままの状態で実現されると、本人に資産があるが、定型的な後見業務のみであるケースについては、報酬の切り下げが予想される一方、本人の低収入・無資産案件においては報酬が得られない状況は変わらないのであるから、全体として成年後見報酬の切り下げにつながることになる。
     仮に、「成年後見報酬が高すぎる」「成年後見報酬が安くなればメリットを感じて利用促進が進むだろう」というような安易な考えでこのような後見報酬算定の考え方が示されたとすれば、それは誤りである。成年後見報酬に対する公的助成が乏しい中で、「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」が適用され、全体として成年後見報酬が引き下げられると、各専門職団体及びNPO等の法人後見において、後見人の引き受け手を増やすことが困難となり、かえって成年後見制度の利用を阻害するおそれがある。
  6.  したがって、当会は、「新たな後見報酬算定に向けた考え方(案)」には基本的に反対であり、当局に対し、日本弁護士連合会等の専門職団体と十分協議を行ったうえで、本人の受けるメリットに応じた適正な報酬基準及び、真に成年後見制度の利用促進につながる報酬算定の在り方を再検討するように求める。

以上

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