奈良弁護士会
会長 西村 香苗
会長 西村 香苗
- 現在、法制審議会の少年法・刑事法(少年年齢・犯罪者処遇関係)部会において、少年法の適用年齢を現行の「20歳未満」から引き下げることの是非及び非行少年を含む犯罪者に対する処遇のあり方如何が審議されている。
当会は、既に2015(平成27)年8月6日付けで「少年法の「成人」年齢引き下げに強く反対する会長声明」を発表しているが、近時、上記部会において処遇策の内容がより具体的に検討され、これに伴い少年法の適用年齢を引き下げる方向への議論がいっそう現実的なものになりつつあると考えられることから、今回改めてこれに反対する態度を明らかにすることとする。 - 近時の議論においては、少年法の適用年齢引下げの理由として、民法の成年年齢及び公職選挙法の選挙権付与年齢がいずれも引き下げられたことに合わせて、少年法も含めて他の法律においても、適用年齢を18歳に統一することによって、法律上「大人」として扱われることとなる年齢が明らかとなり、分かりやすいということが有力である。
しかし、法律の適用年齢については、法律それぞれの趣旨や目的に照らして個別具体的に検討すべきものである。この点、少年法の趣旨・目的は、心身の発達が未成熟で可塑性に富む年齢の者に対しては、刑罰を科するよりはむしろ保護処分によってその教化をはかるべきであるという点にあり、その趣旨は民法や公職選挙法のそれとは全く異なっている。したがって、他の法律が「大人」の年齢を引き下げたからといって、少年法の適用年齢までも引き下げるべきであるということにはならない。 - また、少年法の適用年齢引下げに賛成する人々の中には、依然として、「少年犯罪が増加している、凶悪化している」との認識を有している者もいる。この認識から、少年犯罪には厳罰をもって臨むべきであるとの意見も存する。
しかし、既に先の会長声明でも指摘したとおり、実際には、少年事件は近年、急激に減少してきており、したがって、これが増加している、凶悪化しているとの認識自体必ずしも正しくない。また、現行の少年法においても、少年による一定の重大事件等については、検察官送致(逆送)により、成人と同様の刑事裁判を受ける可能性があるため、少年に対する処分が軽すぎるとは一概には言えない。 - なお、上記部会では、少年法の適用年齢を引き下げれば18歳及び19歳の者にそのような処遇が行われなくなる結果、再犯・再非行の増加が懸念されるとして、保護観察付き執行猶予のさらなる活用や、起訴猶予となる場合に検察官が保護観察官による指導・監督を介して働きかけを行うことなど、現在の少年法に基づく処遇に代わるような再犯防止のための刑事政策的措置を設けること如何が議論されている。
しかし、そもそも、適用年齢の引下げの可能性を前提に、現在の少年法に基づく処遇に代わる措置を検討すること自体が不合理である。
すなわち、現行の少年法の下では、家庭裁判所調査官が医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識を駆使して、少年自身や保護者等の行状、環境についてまで詳細に調査した結果に基づき、少年の再非行を防ぐために適切な教育的働きかけを行っており、これが有効に機能しているが、この機会が失われてしまうことは少年にとって立ち直りのきっかけが奪われることに等しい。また、少年が罪を犯した場合の最終処分について見てみると、現行の少年法の下では、少年審判の結果として、少年院において改善更生を目的として少年一人一人の内面にまで教育的に関わっていくこと、保護観察処分となって保護観察官や保護司による教育的指導を受けることなどができるが、このような機会もなくなってしまう。現行の少年法で認められている上記機会の大半が、現在検討されている代替措置によっても補完されないが、更生について助言・支援する大人が関わる機会が失われてしまうことは、大人の関わり方次第でまたやり直すことができる少年たちにとって非常に不利益なことである。 - 以上のとおり、現行の少年法の運用は、保護処分やその前提となる家庭裁判所における調査官調査を通して有効に機能しており、この結果として、現に少年犯罪は減少の一途をたどっている。上記部会は少年法改正と合わせて様々な処遇策を実施しようとしているものの、現行の少年法の運用によりもたらされる効果と比較しても、極めて不十分なものである。したがって、民法等の他の法律における成年年齢が引き下げられたことに伴い、現行の少年法の適用年齢を引き下げる必要性など全くなく、むしろ現状を維持することこそが、未来ある少年の更生、再犯防止に資することは明白である。
よって、当会は、少年法の適用年齢引下げに改めて強く反対する。