奈良弁護士会

いわゆる「預託商法」について抜本的な法制度の見直しを求める意見書

奈良弁護士会
会長 石黒 良彦

第1 意見の趣旨

 いわゆる「預託商法」のうち,事業者による物品の販売と,販売業者又はその関連業者が収益の配当を約して当該物品の預託を受けることが一体的に行われている取引については,金融商品取引法の「集団投資スキーム」に該当するとして,登録制及び各種行為規制の適用対象となるよう,金融商品取引法及び関係法令を改正すべきである。

第2 意見の理由

  1. 預託商法の定義と問題点
     「預託商法」とは,消費者が購入した商品を,販売業者やその関連会社に預託して運用を委託し,運用に基づく配当その他の経済的利益を受ける取引である。
     預託商法においては,その多くが,消費者が商品を購入するものの,購入した商品は販売業者又は関連業者に対して購入と同時に預託するため,消費者が実際に商品を目にすることはない。そのため,仮に購入対象たる物品が実在せず,あるいは事業自体が行われていない等,商法自体が破綻していたとしても,消費者が運用実態を確認することは著しく困難である。そして,この困難性により,次に述べる豊田商事事件等の大規模な消費者被害が発生しており,近年においても預託商法による消費者被害が続出している。
  2. 預託商法被害の実例
    (1)豊田商事事件
     過去の預託商法被害に関する代表的な事件として,1980年代前半に発生した豊田商事事件がある。豊田商事は,消費者との間で金地金の売買契約を締結し,消費者はその代金を豊田商事に支払うが,現物は豊田商事に預託し,消費者は預り証券のみ受け取るという商法を展開していた。実際は金地金の現物は存在しなかったのであるが,消費者は投機目的で金地金を購入しているため,消費者は現物の存在を確認することはなく,被害発覚が遅れ,結果として,豊田商事事件における被害総額は2000億円以上になった。
     当会においても,豊田商事被害者対策奈良弁護団を結成し,奈良県内の豊田商事による被害の回復にあたった。奈良県内における豊田商事による被害は,当会弁護団が破産債権の届出に協力したものだけでも,
    被害者数181名,被害金額8億2194万1609円にまで及んでいる。
     豊田商事事件をきっかけとして,大規模な消費者被害を防止するため,1986年(昭和61年)に「特定商品等の預託等取引契約に関する法律」(以下「預託法」という。)が制定されることとなった(なお,預託法における規制に問題があることは後述のとおりである)。

    (2)ジャパンライフ事件
     ジャパンライフ株式会社(以下「ジャパンライフ」という。)は,消費者に寝具や磁気治療器商品等を購入させ,購入した顧客が商品を同社に預託した上で第三者に賃貸し,消費者に賃貸料が支払われるという「レンタルオーナー制度」と称する商法を全国展開していた。しかし,実際には,レンタルオーナーとなった消費者の数に比して商品の数が全く足りておらず,第三者に賃貸されている商品の数も不足しており,破綻することは確実であった。
     ところが,消費者は賃貸料収入が目的で契約締結しているため,豊田商事事件同様,消費者は現物には興味がなく,顧客に対して商品のレンタル料名目の金員が支払われている限り,商品数の不足(商法の破綻)が発覚しにくい仕組みとなっていた。
     消費者庁はジャパンライフに対し2016年(平成28年)12月から2017年(平成29年)12月までに4度の行政処分を行ったが,ジャパンライフはその後も商法を継続し,更に被害を拡大させるとともに,被害者への配当原資となる財産を流失させていた。 ジャパンライフは上記行政処分等も契機となって資金繰りを悪化させ,同年12月26日付で銀行取引停止処分を受けて実質的に破綻するに至ったがなおも活動を続け,2018年(平成30年)3月1日,債権者申立により,東京地方裁判所にて破産手続開始決定がなされた。
     ジャパンライフ事件の被害者は約7000名,被害総額は2400億円にものぼるともいわれており,豊田商事事件の被害総額を上回る規模となっている。
    かつてジャパンライフの支店が奈良市内にも存在しており,奈良県内でもジャパンライフによる被害が発生していた。これを受け,当会ではジャパンライフ被害に関する110番窓口を設置し,被害相談に対応していた。

    (3)ケフィア事件
     株式会社ケフィア事業振興会(以下「ケフィア」という。)は,消費者が干し柿,メープルシロップ,ジュース,ぬか床,ヨーグルト等の加工食品のオーナーとなり,約半年後に満期となる買戻特約付売買契約をケフィアと締結し,満期が到来するとケフィアが消費者に対し売買金額の10パーセント程度の利子を加算した買戻し代金を支払うことにより消費者から商品を買い戻す「オーナー制度」という商法を展開していた。
     消費者は,買戻し代金の返却と現物の引渡しのいずれかを選ぶことができたが,現物引渡しを選択する消費者はいなかった。つまり,全ての消費者が買戻し代金の返却を選択しており,当初は,ケフィアから買戻し代金全額が支払われていた。しかし,商法の破綻が近づいた段階では,満期の時点での利子のみを支払い,元本は新契約の商品購入代金に充てられていた。
     ケフィアは,平成29年11月ころから顧客に対する買戻し元本あるいは利子の支払いを怠り始め,平成30年8月下旬に至ると,既に満期を迎えた契約に関する買戻し元本あるいは利子の支払が停止した。支払遅延に係る買戻し元本あるいは利子の総額は,数百億円に達していた。
     平成30年9月3日には,東京地方裁判所にて,ケフィア及びその他複数の関連会社の破産手続開始決定がなされた。
     なお,奈良県内においても,ケフィア被害に関する相談が寄せられるなど,ケフィアによる消費者被害の存在が確認されている。

  3. 預託商法の定義と問題点
    預託商法に対する現在の規制及びその問題点
     預託商法に対する規制としては,豊田商事事件を受けて制定された預託法があるが,豊田商事事件以後も大規模消費者事件が続出していることから分かるとおり,同法は預託商法に対する歯止めとして不十分なものとなっている。
     預託法は,3ヶ月以上の期間にわたり,政令指定商品の預託及び当該預託に関し財産上の利益を供与することを約し,契約者(消費者)がこれに応じて当該商品を預託することを約する契約を預託等取引契約と定め,これを規制している(同法2条1項)。
     具体的には,同法は,預託等取引契約に関し,①正確な情報提供(書面交付義務,業務・財務書類閲覧等)(同法3条,6条),②契約離脱権(クーリングオフ,中途解約権)(同法8条),③行為規制(不当行為の禁止)(同法5条)を定めている。また,この他,行政権限として,指示対象行為の規制(同法第5条3号),報告徴収・立入検査権(同法第10条),業務停止命令・指示処分(同法第7条) などが定められている。
     ところが,預託法の規制は,政令指定商品(貴石,半貴石,真珠及び貴金属,哺乳類,盆栽,鉢植え等)にしか及ばない(同法2条1項1号・同法施行令1条1項)。したがって,政令指定商品ではない商品を利用して預託商法を行う業者に対して,現在の預託法では同法の規制を及ぼすことができない。
     また,登録制等の参入規制がないため,どのような業者でも預託商法を行うことができる。そして,主務官庁に対する定期的な報告義務等も定められていないため,主務官庁が業者の実態を把握することができず,被害状況の把握も遅れることとなる。
     さらに,主務官庁による破産申立権限の定めがない点についても問題がある。つまり,対象企業が大規模である場合,破産申立に要する予納金等の費用も莫大になり,一消費者による破産申立は事実上不可能である。そして,ジャパンライフ事件でみられたように,消費者庁の業務停止処分を受けても,ジャパンライフ株式会社が商法を継続したため,被害の拡大を抑止することはできなかった。主務官庁に破産申立権限が付与されていた場合には,かかる事態を防止することができ,被害拡大を抑止しえたものと考えられる。
  4. 具体的方策の提言
    (1)現行法令では預託商法が対象とならないこと
     預託商法は,商品の預託を受けて運用し利益配当を行う点で,金融商品取引法の「集団投資スキーム」に該当するようにも思えるが,以下述べるように,現行法令上,適用対象が限定されているため,預託商法には同法の規制が及んでいない。
    ア)金融商品取引法における集団投資スキームについて
    「集団投資スキーム」とは,①契約形式を問わず,出資者から「金銭」又は「金銭に類するもの」(有価証券,手形,拠出した金銭の全部を充てて取得した物品)の出資・拠出を受け,②その財産を用いて事業・投資を行い,③当該事業・投資から生じる収益などを出資者に分配する仕組みであり,かかる仕組みに関する権利(集団投資スキーム持分)を有価証券として扱う旨定義されている(金融商品取引法第2条第2項第5号 ,金融商品取引法施行令第1条の3第4号 ,金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令第5条 )。
    類型としては,
    ・金銭拠出型集団投資スキーム(出資を受けた金銭を用いて各種事業を行うもの)
    ・有価証券拠出型集団投資スキーム(金銭の代わりに有価証券を拠出するもの)(金融商品取引法施行令第1条の3第1号から第3号)
    ・購入物品拠出型集団投資スキーム(顧客が金銭を拠出し,事業者が顧客のために対象物品を購入し,顧客が所有する対象物品を用いて事業を行い配当する取引)(金融商品取引法施行令第1条の3第4号)
    が挙げられている。
     この点,預託商法は,法形式上では,顧客が事業者から商品を購入し,これを事業者に預託するという形態であるため,上記の購入物品拠出型集団投資スキームに該当することとなる
    イ)集団投資スキームの問題点について
     しかし,現行法令では,購入物品拠出型集団投資スキームとして,競走用馬のみが指定されている(金融商品取引法第二条に規定する定義に関する内閣府令第5条)にとどまり,これ以外の物品については規制が及んでいない。したがって,現行法令上,競走馬以外の物品を対象とする預託商法は,集団投資スキームの規制対象に該当しない。

    (2)金融商品取引法の規制を及ぼすべきであること
     金融商品取引法の規制を預託商法にも及ぼすことで,以下のように預託商法による被害を効果的に防止することが期待できる。
    ア)登録制
     預託商法業者は,集団投資スキーム持分の自己募集を行う者として,第二種金融商品取引業の登録を要することとなる(金融商品取引法第29条)。 登録審査に当たっては,当該スキームが,出資法以下の金融法制に照らし許容されるものか否かについても確認する仕組みとし,事業スキーム自体が出資法に抵触するおそれがあるような場合には登録を認めないという制度運用も可能である。悪質な預託商法では,スキーム自体が出資法に違反しており,このような商法・業者を入り口の段階で排除する運用の整備も視野に入れるべきである。
     無登録営業に対する罰則は5年以下の懲役,500万円以下の罰金(併科あり)であり,無登録で営業したということだけで摘発できるので,違反の場合は迅速な対応が可能である。
    イ)行為規制
     第二種金融商品取引業者には,顧客に対する誠実義務(金融商品取引法36条1項),名義貸しの禁止(同法36条の3),広告等の規制(同法第37条),契約締結前の書面の交付(同法第37条の3),契約締結時等の書面の交付(同法第37条の4),断定的判断の提供の禁止(同法第38条第2号),説明義務(同法第38条第9号,金融商品取引業等に関する内閣府令第117条第1号),内閣府令で定める行為の禁止(同法第38条第9号),適合性の原則等(同法第40条),分別管理が確保されていない場合の売買等の禁止(同法第40条の3),金銭の流用が行われている場合の募集等の禁止(同法第40条の3の2)の各行為規制が課せられることから,被害拡大防止を期待することができる。
    ウ)主務官庁による監督
     預託商法は,主務官庁による検査の端緒を掴みにくいことから,主務官庁が恒常的かつ継続的に監督していく必要がある。
     第二種金融商品取引業者に対しては,少なくとも,事業年度ごとの事業報告書の提出が義務付けられており,恒常的な監督に服させることが可能となっている(金融商品取引法第47条の2,金融商品取引業等に関する内閣府令第182条第1項)。なお,事業報告書の提出義務違反,虚偽の記載をした報告書の提出については,1年以下の懲役又は300万円以下の罰金(併科可能)が科せられている(同法第198条の6第4号)。
    エ)契約類型別によらない行政処分
     主務官庁による監督が機能し,金融商品取引法違反の事実が認められれば,主務官庁は,行政処分を検討することとなる。
     しかし,預託商法は,対象となる商品が多種多様であるだけでなく,形式的な契約形態も様々なものを用いることができることから,ある特定の契約形態について業務停止等の行政処分を受けたとしても,事業者は,形式上の契約形態を変更して,実質的に同じ預託商法を継続することができる(たとえば,ジャパンライフは,消費者庁から預託等取引契約や訪問販売に関して業務停止処分を受けると,形式的に契約形態を業務提供誘引販売契約に変更して預託商法を継続し,さらに,この業務提供誘引販売契約についても業務停止処分を受けると,今度は,「リース債権譲渡契約」なる名称で,同様の預託商法を継続した。)。
     預託法に基づいて契約類型別に行政処分を行うという枠組みでは,事業者が同様の事業を継続することを効果的に抑止することができない。
     預託商法を「集団投資スキーム」として金融商品取引法を適用できるのであれば,問題のある預託商法については,緊急禁止・停止命令(金融商品取引法第192条)にて一回的な処分による全面的な業務停止を行うことが可能になる。
    オ)破産申立権限
     主務官庁による検査の結果,事業者が多額の債務超過に陥っていることが判明したとしても,事業者による自己破産や債権者破産がなされなければ,事業継続及び被害の拡大を止めることが困難になる。
     預託商法が集団投資スキームに該当すれば,主務官庁による破産申立が可能となり(金融機関等の更生手続の特例等に関する法律第490条),被害の拡大を防止できるほか,事業者の資産の散逸も防止することができる。

    (3)具体的な改正案
     以上のように,預託法における規制に不備があり,大規模な消費者被害が続発している現状においては,早急に預託商法にも金融商品取引法の規制を及ぼすよう立法措置を講じ,預託商法における被害拡大を防止する必要がある。
     そこで,事業者による物品の販売と,販売業者又はその関連会社が収益の配当を約して当該物品の預託を受けることが一体的に行われている形態の取引について,包括的に金融商品取引法の「集団投資スキーム」として規制し,その旨を明確化する法改正を求める。

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