奈良弁護士会

生駒市消費者保護条例制定にあたっての意見書

生駒市長
山下 真殿
奈良弁護士会
 会長 田中 啓義
同消費者保護委員会
 委員長 兒玉 修一

近年の高度情報化、国際化、高齢化及び規制緩和の進展に伴い、消費者の選択の幅が広がると同時にリスクも高まり、消費者被害は増加及び複雑・多様化、広域化しています。
このような状況のなか、国は消費者基本法を大幅に改正し、これを受けて、奈良県をはじめとする多くの地方公共団体における消費生活条例の改正が相次いでおります。生駒市におかれましても、今般、消費者保護条例を制定される運びとなり、条例案が作成されているとのことですので、実効性のある条例の制定及び運用を最初に要望し、下記の通り、条例制定にあたっての意見を述べます。


第1 事業者名等の公表及び情報提供の手続きについて

   生駒市消費者保護条例案(以下、単に「条例案」という)においては、<1>市長による不当な取引行為を是正するために必要な措置を講じるべき旨の勧告に事業者が従わなかったケースにおいて当該事業者名等を公表する場合には、当該事業者に通知し、意見を述べる機会を付与すると共に、生駒市消費者保護対策協議会(以下、単に「協議会」という)の意見を聞くこととされている(条例案16条)。また、<2>同じく市長が、不当な取引行為による被害の発生及び拡大を防止するために事業者名等の情報を提供する場合にも、同様とされている(条例案17条2項)。
しかし、消費者被害の未然防止・拡大防止のためには、できる限り早期に「公表」、あるいは「情報提供」が行われる必要がある。ところが、事業者に対する通知 及び意見陳述の機会の付与に加えて、協議会に事前の報告まで要することとすると、手続保障の観点からは妥当なのかもしれないが、相当な時間を要することとなり、結局、本来の目的である消費者被害の未然防止、拡大防止を果たせなくなってしまうおそれがある。
そこで、協議会への報告は、事後であっても足りるものとすべきである。

  <当会条例案>
  第16条 市長は、・・・

    2  市長は、前項の規定による公表をしようとするときには、予め、当該公表に係る者にその旨を通知し、意見を述べる機会を与えなければならない。
    3  市長は第2項の規定による公表をしたときは、遅滞なく、その旨及びその公表の内容を協議会に報告しなければならない。

  <参考>
  ※京都市消費生活条例

   第26条 市長は、第3条1項1号から3号にまで掲げる権利の侵害の発生又はその拡大を防止するために緊急の必要があると認めるときは、商品等の名称、事業者の氏名又は名称その他必要な事項を公表することができる。
    2  前項の規定による公表は、同項の権利の侵害の発生又はその拡大を防止するために必要な限度を超えないものでなければならない。
    3  市長は第1項の規定による公表をしたときは、遅滞なく、その旨及びその公表の内容を第36条に規定する審議会に報告しなければならない。

第2 不当な取引行為の禁止について

   不当な取引行為については、新たな不当な取引行為形態が生じた場合に迅速に対応ができるように、条例では不当な取引行為を行うことが禁止されることのみを概括的に定め、その具体的内容については、規則、あるいは告示で定める地方公共団体が多い。
条例案のような形で、不当な取引行為を限定列挙し、一般的な条項を設けないとした場合(12条)、将来的に条例の規定にはないような形態による不当な取引行為が発生したときに、これに対処するにあたっては、条例そのものの改正まで必要になってしまう。これは、極めて煩瑣であり、また、結果として消費者保護に欠ける結果となるおそれがある。
したがって、条例としては、より一般的な形で定めておくべきである。

  <当会条例案>
  ※奈良県消費生活保護条例
  (不当な取引行為の禁止)

   第14条 事業者は、その供給する商品等の取引に関し、消費者の知識、経験又は判断力の不足に乗じて消費者を取引に誘引し、又は消費者に取引を強制する行為その他の消費者の利益を害するおそれがある行為として知事が指定するもの(以下「不当な取引行為」という。)を行つてはならない。

第3 不当な取引行為の禁止の具体的内容について

  1  ところで、条例案では、不当な取引行為の具体的内容については市規則において定めるものとされている(12条)。

そこで、近年における消費者保護関係法令の発展、及び消費者被害の実態に照らした場合、市規則には、少なくとも次のような規則が設けられるべきである。特に、適用の可否にあたって疑義を生じさせない為に、可能な限り具体的な文言を用いるべきである。

  2 勧誘を希望しない消費者に勧誘すること

    (1)  勧誘を希望しない消費者に勧誘すること(不招請勧誘)が、きっかけとなる消費者被害が後を絶たない。国民生活センターも「不招請勧誘の制限に関する研究会」(委員長石戸谷豊弁護士)を設置し、不招請勧誘を制限すべきだとする報告書をまとめている(平成19年2月26日付同センター記者説明資料)。
不招請勧誘の定義及び規制方法は、必ずしも確立しているとはいえないが、概ね、オプトイン規制(希望する人へのみ勧誘してよい)、オプトアウト規制(拒絶の意思表示を表示した消費者へは勧誘してはならない)の2種類に分けられる。
さらに、両者の中間的なものとして、勧誘に先立って、その勧誘を受ける旨の意思の確認をすることをしないでする勧誘をしてはならない、あるいは、消費者に契約を締結する意思がない旨の意思表示の機会を与えることなくする勧誘をしてはならないといった規制方法をとる法律、条例も存在する。
    (2)  ところで、各地の消費生活条例においては、オプトアウト規制が多い。しかし、消費者に対する拘束力が強いとされている直接対面したり言葉を交わしたりする方法による勧誘(訪問販売、電話勧誘販売など)については、オプトアウト規制のみでは必ずしも十分な規制とはいえず、例えば、金融商品販売法ではオプトイン規制も導入されているところである。
もっとも、現時点で、生駒市消費者保護条例において、一般的な形で、オプトイン規制を導入することは、現実的には困難を伴う。
    (3)  そこで、条例では、オプトイン規制にまでは踏み込まないこととし、例えば、生駒市において、市民各人に対し、「訪問販売お断り」といった内容のステッカーを配布するなどの方法を介することで、少なくとも訪問販売については、実質的にオプトイン規制に近い効果をあげる運用を目指すべきである。
実際、大阪府寝屋川市、同府枚方市楠葉朝日地区等でステッカー配布、貼付けが行われている。
なお、念のため指摘すると、ステッカーの文言に関して「悪質訪問販売お断り」などとした場合、「悪質ではない訪問販売は対象外なのか」といった疑義が生じることになる。したがって、単に「訪問販売お断り」とするのが適当である。

  <当会規則案>

     消費者が契約を締結する意思がない旨を表明しているにもかかわらず、又はその意思表示の機会を与えることなく、消費者の住居、勤務先その他の場所に訪問し、電気通信手段を介して広告宣伝を送信し、若しくは電話すること。

  <参考>
  ※奈良県消費生活条例第14条第1項の規定による不当な取引行為の指定
  一 契約締結の勧誘に係る不当な取引行為
  1 消費者に迷惑を及ぼし、又は欺いて接触し、勧誘する行為
    ・・・・・

  (二) 消費者の意に反した勧誘

     消費者が契約を締結する意思がない旨を表明しているにもかかわらず、又はその意思表示の機会を与えることなく、消費者の住居、勤務先その他の場所に訪問し、若しくは電話すること。

  (三) 電気通信手段を介した不当な勧誘

     商品等に関し、消費者が電気通信手段を介して通信する広告宣伝の提供を受けることを希望しない旨の意思を示したにもかかわらず、又はその意思を示す機会を与えることなく、一方的に広告宣伝を反復して送信すること。

  ※金融商品取引法38条
  (禁止行為)
  第38条 ・・・・

    3  金融商品取引契約(・・・政令で定めるものに限る)の締結の勧誘を要請していない顧客に対し、訪問し又は電話をかけて、金融商品取引契約の締結を勧誘する行為
    4  金融商品取引契約(・・・政令で定めるものに限る)の締結につき、その勧誘に先立って、顧客に対し、その勧誘を受ける旨の意思の確認をすることをしないでする勧誘をする行為

  3  消費者の資力・・・等に適合しない内容、量、期間の契約を締結すること
    (1)  現実の条例、規則の適用にあたっては、当該契約の内容や取引の対象となった物品等の量、あるいは期間が、当該消費者に適合しないかどうかの判断、つまり適合性の有無の判断には困難を伴う。
    (2)  そこで、原則的に適合しないと判断できる基準を規則で明らかにしておき、その基準に該当する場合には、適合性の欠如が事実上推定されることとすべきである。これにより、迅速な処理が可能となる。
一方で、規則に定める基準に該当しているにもかかわらず、「適合性を有している」と事業者が主張する場合には、事業者自身に反証を求めることで、例外的ケースには十分に対応できる。
    (3)  なお、貸金業の規制等に関する法律(昭和58年5月13日法律第32号。以下「貸金業法」という)は、いわゆる平成18年改正(「貸金業の規制等に関する法律等の一部を改正する法律」-平成18年12月20日法律第115号。現在、一部未施行)によって、貸金業者に借り手の返済能力の調査を義務づけ、過剰貸付を禁止し、自らの貸付金額と他の貸金業者の貸付残高の合計が年収等の3分の1を超えることとなる貸付を原則禁止したことが参考になる(改正13条、及び同条の2ほか)。
また、貸金契約のみならず、立替払契約についても、その対象とすべきである。

  <当会規則案>

     消費者の返済能力を著しく超えることが明白であるにもかかわらず契約を締結させること。但し、金銭の貸付け及び販売信用を含む総債務額(既存債務を含む)に対する年間支払総額が年収の3分の1を超える与信、無担保(担保が人的保証だけである場合を含む)の貸付、与信にあたっては、消費者の返済能力を著しく超える取引であると推定される。

  <参考>
  ※改正貸金業法
  (返済能力の調査)

   第13条 貸金業者は、貸付けの契約を締結しようとする場合には、顧客等の収入又は収益その他の資力、信用、借入れの状況、返済計画その他の返済能力に関する事項を調査しなければならない。
    2  貸金業者が個人である顧客等と貸付けの契約(極度方式貸付けに係る契約その他の内閣府令で定める貸付けの契約を除く。)を締結しようとする場合には、前項の規定による調査を行うに際し、指定信用情報機関が保有する信用情報を使用しなければならない。
    3  貸金業者は、前項の場合において、次の各号に掲げる場合のいずれかに該当するときは、第1項の規定による調査を行うに際し、資金需要者である個人の顧客(以下この節において「個人顧客」という。)から源泉徴収票(所得税法(昭和40法律第33号)第226条第1項に規定する源泉徴収票をいう。以下この項及び第13条の3第3項において同じ。)その他の当該個人顧客の収入又は収益その他の資力を明らかにする事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録として内閣府令で定めるものの提出又は提供を受けなければならない。ただし、貸金業者が既に当該個人顧客の源泉徴収票その他の当該個人顧客の収入又は収益その他の資力を明らかにする事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録として内閣府令で定めるものの提出又は提供を受けている場合は、この限りでない。
      一  次に掲げる金額を合算した額(次号イにおいて「当該貸金業者合算額」という。)が50万円を超える場合
        イ  当該貸付けの契約(貸付けに係る契約に限る。ロにおいて同じ。)に係る貸付けの金額(極度方式基本契約にあつては、極度額(当該貸金業者が当該個人顧客に対し当該極度方式基本契約に基づく極度方式貸付けの元本の残高の上限として極度額を下回る額を提示する場合にあつては、当該下回る額))
        ロ  当該個人顧客と当該貸付けの契約以外の貸付けに係る契約を締結しているときは、その貸付けの残高(極度方式基本契約にあつては、極度額(当該貸金業者が当該個人顧客に対し当該極度方式基本契約に基づく極度方式貸付けの元本の残高の上限として極度額を下回る額を提示している場合にあつては、当該下回る額))の合計額
      二  次に掲げる金額を合算した額(次条第2項において「個人顧客合算額」という。)が100万円を超える場合(前号に掲げる場合を除く。)

        イ 当該貸金業者合算額

        ロ  指定信用情報機関から提供を受けた信用情報により判明した当該個人顧客に対する当該貸金業者以外の貸金業者の貸付けの残高の合計額
    4  貸金業者は、顧客等と貸付けの契約を締結した場合には、内閣府令で定めるところにより、第一項の規定による調査に関する記録を作成し、これを保存しなければならない。
    5  前各項の規定は、極度方式基本契約の極度額(貸金業者が極度方式基本契約の相手方に対し当該極度方式基本契約に基づく極度方式貸付けの元本の残高の上 限として極度額を下回る額を提示している場合にあつては、当該下回る額)を増額する場合(当該極度方式基本契約の相手方の利益の保護に支障を生ずることがない場合として内閣府令で定めるものを除く。)について準用する。この場合において、必要な技術的読替えは、政令で定める。

  (過剰貸付け等の禁止)

   第13条の2 貸金業者は、貸付けの契約を締結しようとする場合において、前条第1項の規定による調査により、当該貸付けの契約が個人過剰貸付契約その他顧客等の返済能力を超える貸付けの契約と認められるときは、当該貸付けの契約を締結してはならない。
    2  前項に規定する「個人過剰貸付契約」とは、個人顧客を相手方とする貸付けに係る契約(住宅資金貸付契約その他の内閣府令で定める契約(以下「住宅資金貸付契約等」という。)及び極度方式貸付けに係る契約を除く。)で、当該貸付けに係る契約を締結することにより、当該個人顧客に係る個人顧客合算額(住宅資金貸付契約等に係る貸付けの残高を除く。)が当該個人顧客に係る基準額(その年間の給与及びこれに類する定期的な収入の金額として内閣府令で定めるものを合算した額に3分の1を乗じて得た額をいう。次条第5項において同じ。)を超えることとなるもの(当該個人顧客の利益の保護に支障を生ずることがない契約として内閣府令で定めるものを除く。)をいう。

  4 立替払契約について

    (1)  多くの消費者被害事案においては、立替払契約が利用されている。
その背景には、事業者(販売店)としては、立替払契約の手法をとることで、消費者に対し、代金支払の現実的負担感を与えることのないままに高額の契約をさせることができるという事情がある。一方、立替払契約を取り扱っている各信販会社の立場からした場合、悪質な事業者に関する立替払契約に関してはその手数料収入も高額になることが多く、信販会社としての利益も大きいという側面もある。
    (2)  ところで、消費者が、各消費者被害事案において、事業者(販売店)の違法行為の存在を理由に、立替払金の支払を拒否することがある(支払停止の抗弁)。しかし、信販会社は、「事業者(信販会社からすれば「加盟店」にあたる)の違法行為を知らなかった」などの理由から、消費者に対し、立替払金の支払いを請求し続けることが多々ある。
また、事業者に違法行為の存在することが明らかで、各地の消費生活センターや弁護士が介入するなど社会問題化してしまったような例外的なケースでさえ、信販会社は、「既払金を返還せず、せいぜい未払債権を放棄するに留まる」といった形で処理されてしまうのが大半である。
    (3)  さらに、事業者が、破産手続等の開始、あるいは事実上の倒産により消滅し、消費者が事業者の違法行為を明らかにすること自体困難となったり、仮にこれを明らかにできても、事業者が「倒産」してしまった結果、その損害の回復を図ることは不可能となったケースも多数存在する。
例えば、<1>「販売した宝石を5年後に販売価格で買い戻す」という特約付でダイヤを立替払契約を利用して販売し、その後、倒産した「ココ山岡事件」、<2>いわゆる「モニター商法」にかかる「ダンシング事件」、<3>節電効果があるとして節電機を立替払契約を利用して販売し、その後、倒産した「アイデック節電機商法事件」、<4>原画の版権料を支払うとして絵画を立替払契約を利用して販売し、その後、事実上倒産した「原画版権商法事件」、<5>呉服等を展示会等で強引な販売方法で立替払契約を利用して販売していた愛染蔵、及び「たけうち」グループの倒産などと枚挙にいとまがない。
    (4)  以上のような状況からすれば、不当な取引行為を行う事業者(販売店)のみならず、これに伴う立替払契約についても、不当なものに関しては、生駒市としても迅速に対応できる規定を設けるべきである。

  <当会規則案>

     商品等を販売する事業者等の行為が不当な取引行為に該当することを知りながら、又は与信に係る加盟店契約その他の提携関係にある事業者を適正に管理していれば、そのことを知り得たにもかかわらず放置し、立替払契約等を締結すること。

  <参考>
  ※奈良県消費生活条例第14条第1項の規定による不当な取引行為の指定
  2 消費者に不適合な内容の契約
  (1) ・・・
  (5) 不当な取引行為と一体となった与信契約

     商品等を販売する事業者等の行為が不当な取引行為に該当することを知りながら、又は与信に係る加盟店契約その他の提携関係にある事業者を適正に管理していれば、そのことを知り得たにもかかわらず放置し、与信契約等を締結すること。

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