【決議事項】
当会は、最高裁判所に対し、直ちに裁判所速記官の養成を再開されることを強く求める。
【決議の理由】
- 速記官制度は、裁判記録の正確性、公正さを担保するとともに、迅速な裁判に資するものである。国民の司法参加が強く求められている現在、速記官制度は必要不可欠な制度である。
ところが、最高裁判所が裁判所速記官の新規養成を1998年度から停止したことにより、最大時825名いた裁判所速記官は2010年4月時点で240名にまで減少した。奈良地方裁判所の裁判所速記官の配置についても、平成13年度から4名から1名に減員されている。
- これに対し、最高裁判所は、裁判所速記官による速記録に代わるものとして、民間委託による「録音反訳方式」を導入している。しかし、「録音反訳方式」については、正確性やプライバシー保護などについて懸念があり、調書の完成までに日数がかかることや、誤字・脱字、訂正漏れ、意味不明箇所が目立つなどの問題も指摘され、審理にも少なくない影響を与えていると思われる。
- また、2009年5月21日から、一般市民が裁判員として刑事裁判に参加する裁判員制度が開始され、法定刑の重い重大事件を対象として、一般市民が職業裁判官とともに審理し判断することになった。裁判員の公正・的確な判断を保障するためには、法廷でのやりとりや証言内容が即時に確認できるようにすることが不可欠である。
裁判所は、ビデオ録画とコンピューターの音声認識を組み合わせ、一定の単語を手掛かりに証言・供述の各場面を検索できるようにして、裁判員裁判の評議に対応しようとしているが、このシステムは誤変換も多く正確な記録にならないことや、DVDでは一覧性や速読性がなく、審理や訴訟準備に利用しにくいなどの問題が報告されている。裁判所が正確で迅速な文字化された供述記録を作成しないため、裁判員は、自分の記憶と自分の作成するメモしか頼れない状況になっている。こうした裁判で、公正・的確な審理や評議、判決ができるのか大いに懸念がある。
また、聴覚障がい者の「裁判を受ける権利」や「裁判員になる権利」を保障するには、バリアフリーとしてのリアルタイム速記による情報保障が不可欠である。最高裁判所は手話通訳者と要約筆記者を確保するとしているが、手話のできる聴覚障がい者は全体の約2割程度であること、要約筆記では十分な情報保障にならないことなど、聴覚障がい者に対する認識の不十分さを露呈している。
- これに対して、裁判所速記官による速記録は、公判終了後直ちに文字化された証言・供述調書を作成することができるまでに進歩している。文字化された逐語録調書は一覧性が優れ、確認したい証言や供述を速やかに探し出すことが可能である。ビデオのキーワード検索よりもはるかに迅速に目的の供述箇所を探し出すことができる。
しかも、ビデオとコンピューターの音声認識では、発言が重なったり、曖昧な発音のために、証言・供述内容が確認できない場合がありうるが、裁判所速記官による速記録の場合には、裁判所速記官が立ち会って、その場で証言・供述を確認できるために、内容が確認できないことはほとんどない。この点でも、裁判所速記官による速記録は、極めて正確なものであり、ビデオとコンピューターの音声認識の組み合わせと比較した場合、裁判所速記官による速記録の優位性は明らかである。
- 現在、世界の多くの国で、裁判には機械速記によるリアルタイム速記が取り入れられている。最高裁判所が裁判所速記官の養成を停止した当時、アメリカでは、約3万人であった速記者が現在では6万人を超える数に増えている。最近では韓国、中国などでも制度化されているし、ハーグの国際刑事裁判所でもリアルタイム速記が活用されている。
このように世界標準となっているリアルタイム速記システムについては、裁判所速記官の増員や機器の確保など態勢が整備されれば日本でも実現可能である。
- 公正で客観的な記録の存在は、なによりも国民の公正・迅速な裁判を受ける権利を保障するものである。裁判所に対し、国民の基本的人権を擁護し、公正かつ迅速な裁判を行うことがこれまで以上に強く求められている現状にあっては、裁判の適正や裁判所の調書作成等に対する国民の信頼を確保するために、厳しい研修を受け、裁判の実情に通暁した裁判所速記官による速記録の作成が是非とも必要である。
最高裁判所が、これらをふまえ、速やかに裁判所速記官の養成を再開するよう強く求める。