奈良弁護士会

「少年法等の一部を改正する法律案」に反対する会長声明

奈良弁護士会
 福井 英之

はじめに

本年3月1日に内閣において閣議決定された「少年法等の一部を改正する法律案」(以下、「今回の改正案」と指称する)が国会に上程されている。

今回の改正案は、概要、(1)触法少年及びぐ犯少年にかかる事件について警察官の調査権限を認めること、(2)14歳未満の少年に対しても少年院送致処分を可能とすること、(3)保護観察中の少年に対し遵守事項違反を理由とする施設収容処分を可能とすること、(4)一定の対象事件の審判において弁護士による国選付添人制度を設けることを内容とするものであるが、以下に述べるとおり、これらの内容にはそれぞれ重大な問題点があるため、当会は、今回の改正案における上記(1)ないし(3)の内容には強く反対するとともに、上記(4)に関しても、少年の権利保障をより厚くする方向での再検討・修正を求めるものである。

触法少年及びぐ犯少年にかかる事件について警察官の調査権限を認めることについて

今回の改正案は、触法事件について警察官が調査を行ったうえ児童相談所に送致しうること、児童相談所はこのうち一定の重大事件については原則として家庭裁判所に事件送致しなければならないとすること及びぐ犯事件についても警察官の調査権限を認めることを含む。

内閣は、今回の改正案の提出理由について、「少年非行の現状にかんがみ、これに適切に対処するため」とするのみであるが、その背景には、近時、14歳未満の少年による重大事件が社会的注目を集めたことがあると思われる。

しかし、統計上は、14歳未満の少年による重大・凶悪事件が近時特に増加したという事実はなく、仮に社会内においてこのような印象があるとしても、これはマスコミによる事件報道のあり方等が影響しているところが大きい。

触法事件及びぐ犯事件はいずれも犯罪ではなく、したがって、警察官が「捜査」することはできないというのが現行法の建前である。今回の改正案は、これを実質的に修正するものであり、特に触法事件については刑事訴訟法上の強制捜査をも可能とする点で看過できない問題点を含んでいる。しかるに、このような改正をあえてなすことが必要不可欠であるような立法事実は必ずしも存在しない。

また、触法少年の多くは被虐待体験を含む複雑な成育歴を持ち、そのことが非行に至った背景事情となっているところ、このような問題点を発見し、これに対する適切なケアを選択することができるのは、警察官ではなく、子どもに対する福祉・教育の専門機関である児童相談所である。むしろ、警察官が自白の強要等不適切な調査を行った場合には、事件の真相解明が阻害されるおそれさえある(14歳未満の少年ではないものの、当会会員が付添人を務めた少年事件においてこのようなえん罪事件が報告されている)。

さらに、ぐ犯事件についていえば、もともとその限界は曖昧であるうえ、今回の改正案は調査対象を「ぐ犯少年である疑いのある者」としているから、事実上極めて広い範囲の少年が警察官の調査・監視下に置かれることになる。

このように、触法事件及びぐ犯事件において警察官の調査権限を認めることは重大な問題点を含むから、賛成できない。仮に現在の福祉的対応に不十分な点があるとしても、児童相談所及び児童福祉施設等の人的・物的充実を図るなどその改善・充実の方向で問題が考えられるべきである。

14歳未満の少年に対しても少年院送致処分を可能とすることについて

触法少年の多くが被虐待体験を含む複雑な成育歴を持ち、そのことが非行に至った背景事情となっていると考えられることは先に述べたとおりである。このような傾向は、重大な事件を犯した少年ほど強い。

このように複雑な成育歴を持つ少年について再非行を防止するためには、一般社会とは異なる規律を課すことにより少年の規範意識を育てようとする少年院での処遇よりも、むしろ、福祉施設において一般社会にできる限り近いかたちでの育てなおしをし、少年自身が個人として尊重され愛されるという経験を経て、犯した罪の重さに向き合わせることが適切である。未だ14歳未満の未熟な少年を真の意味で更生させるには、このように個々の少年が抱える問題性に対応した福祉的処遇が必要であり、少年院に送致するのみでは必ずしも効果的な処遇とはならない。ここにおいても、むしろ、児童福祉施設における処遇の一層の充実等福祉的対応の強化が図られるのが先決である。

保護観察中の少年に対し遵守事項違反を理由とする施設収容処分を可能とすることについて

今回の改正案は、保護観察中の少年の遵守事項違反を理由とする少年院送致等の施設収容処分の創設を含む。

しかし、遵守事項違反がぐ犯に該当すると考えられる場合は現行法のぐ犯通告制度(犯罪者更生予防法42条)により保護処分を行うことが可能であるから、このような制度をあえて設ける必要性は全くないばかりか、少年と保護司との間の信頼関係を基礎としつつ少年の自律的更生を目指す保護観察に対して、施設収容の威嚇を背景とした緊張関係を持ち込むものであって、有害でさえある。また、そもそも、遵守事項違反のみを理由として施設収容という重大な処分をなすということは、既に保護観察処分とした以前の非行を実質的に再度考慮しているといわざるを得ず、少年を「二重の危険」にさらすおそれがある。

先の2点も同様であるが、今、拙速に従来の福祉的対応を、少年に対する監視及び厳罰の方向に転換するのは正しい方向性ではない。保護司の少年に対する温かい見守り・信頼に基づき運用されてきたわが国の保護観察制度はこれまで概ねよい成果を誇ってきたといえるのであり、その基本的方向を維持しつつ、保護司の増員等のさらなる制度改善こそが今必要とされるものである。

一定の対象事件の審判において弁護士による国選付添人制度を設けることについて

少年審判において、付添人の存在は、少年の法的権利の実質的保障の観点からも更生の実現の観点からも極めて重要であるが、これまでは、極めて限定された場合においてのみ国選付添人の必要的関与が定められているにすぎなかった。

したがって、今回の改正案が国選付添人制度の対象を広げ、必ずしも非行事実の存否に大きな争いがないような事案についてもその対象に含めたこと自体については、積極的に評価することができる。

しかし、少年鑑別所に収容された少年の全員に国費による付添人選任権を保障すべきであるとの観点からすれば、今回の改正案の内容は未だ不十分であり、かかる国選付添人制度のいっそうの拡充が必要である(なお、日本も批准している「子どもの権利条約」においては、その40条で、「刑法を犯したと申し立てられ又は訴追されたすべての児童は」「事案が権限のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関により法律に基づく公正な審理において、弁護人その他適当な援助を行う者の立会い及び、特に当該児童の年齢又は境遇を考慮して児童の最善の利益にならないと認められる場合を除くほか、当該児童の父母又は法定保護者の立会いの下に遅滞なく決定されること。」が保障されるべき旨定められている)。

また、少年が終局決定前に釈放されたときには国選付添人選任の効力は失われるとする点は、先に述べたような少年の権利保障及び更生の実現の観点からは不十分といわざるを得ず、この点も改善されるべきである。

まとめ

以上のような理由から、当会は、今回の改正案に対して、上記のような意見を述べるものである。

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