奈良弁護士会

憲法第96条の憲法改正発議要件の緩和に反対する会長声明

奈良弁護士会
会長 以呂免  義雄

  1. 現在、憲法改正手続について定めた憲法第96条第1項の発議要件を、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成から過半数の賛成に緩和すべきとの憲法改正論議がなされている。
  2. しかし、憲法は、国の基本的な在り方を定めるとともに、国民の基本的人権を保障するために、国家権力の濫用を防止することに重要な意義を有する法規範である。そのため、憲法は、国のあらゆる法律、命令、詔勅、国務に関するその他の行為の上位にある「国の最高法規」と定められ(憲法第98条)、その改正要件も、法律の制定・改正よりも加重され、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成で国会により発議され、さらに国民の過半数の賛成を得ることが必要とされている(憲法第96条第1項)。
  3.  この点、憲法改正の発議要件を衆参各議院の過半数に緩和した場合、時々の政治的多数派が容易に憲法改正の発議を行うことが可能になり、国の基本法が安易に変更され法的安定性を損なうとともに、国家権力の濫用から基本的人権を保障するという憲法の役割を形骸化し、ひいては多数決によっても奪われてはならない国民の基本的人権を侵害するおそれすらある。
  4. また、憲法の改正は、その重要性に鑑み、まずは国民の代表である国会議員が、十分かつ慎重な議論を重ね、少数派の人権にも配慮し様々な意見の調整を図り、できるだけ広いコンセンサスを得た上で国民に提案することが必要である。この観点からも、衆参各議院の総議員の3分の2以上の賛成を必要とすることが合理的であり、発議要件を安易に緩和すべきではない。憲法改正がなかなか実現しないからといって、発議要件の緩和を先行させようとする態度は、国会の場で熟議し、できるだけ広いコンセンサスを得る努力を放棄するものであり、断じて許されるべきものではない。
  5. さらに、諸外国の規定を見ても、ほとんどの国では、法律の制定・改正に比べ憲法改正に厳格な改正手続が定められている(硬性憲法)。
    このうち、議会の3分の2以上の議決を要求する国としては、日本以外にもアメリカ、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ルーマニア、韓国等がある。また、フィリピン等の日本国憲法よりも厳しい要件を要求している国もある。さらに、議会による再度の議決を要求する国もある。
    このように、諸外国には様々な憲法改正規定が存在するが、日本国憲法第96条の改正手続は、これら諸外国の規定と比較しても特別厳しい要件を規定しているものではない。よって、諸外国の規定を根拠として発議要件の緩和を正当化することはできない。
  6. また、日本国憲法では、憲法改正発議のほか、院内の秩序を乱した議員に対して除名の議決をする場合(第58条第2項)など重要な事項について議決する場合(第55条、第57条第1項、第59条)には3分の2以上の議決を必要としているが、その中でも特に重要性の高い憲法改正発議の場合には「総議員」の3分の2以上の議決という最も厳しい要件を規定している。
    しかし、今回の発議要件緩和の意見は、憲法改正発議以外の手続要件には何ら検討を加えずに、憲法が最も厳しい要件を課した憲法改正発議要件のみを議員の「過半数」の賛成にまで緩和しようとするものである。そもそも多数決により決議を行う場合には、重要な問題についてはより熟議を尽くすよう、問題の軽重に比例して手続要件を加重すべきであり、上記の発議要件緩和の意見は、問題の軽重と手続き要件の均衡を欠く提案と言わざるを得ない。
  7. よって、当会は、憲法第96条第1項を改正し、憲法改正発議要件を衆参各議院の総議員の過半数の賛成に緩和することに強く反対する。

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