奈良弁護士会

憲法に災害対策を理由とする緊急事態条項を創設することに反対する会長声明

 奈良弁護士会 
 会長 佐々木 育子

 

  1.  安倍晋三内閣総理大臣は、昨年11月の参議院予算委員会において、「国民の安全を守るため、国家、国民がどのような役割を果たしていくべきかを憲法に位置付けることは、極めて重く大切な課題」と述べて、憲法改正による緊急事態条項の創設について積極的な姿勢を示した。菅義偉内閣官房長官も、2016年4月に発生した熊本地震に関する記者会見において同様の発言を行っている。
     ここにいう緊急事態条項とは、戦争・内乱・恐慌・大規模な自然災害など平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限(国家緊急権)を内閣総理大臣に付与する条項のことをいう。 しかし、当会は、憲法に災害対策を理由とする緊急事態条項を創設することに反対する。理由は以下のとおりである。
  2.  まず、根本的に、災害対策において必要であるのは事前の準備であり、災害の発生に備えた日常からの訓練である。憲法で緊急事態条項を定めたところで、災害に備えた訓練をしていなければ、災害が発生しても何の対処もできない。
  3.  次に、現行憲法下においても、既に、災害対策基本法その他災害対策のための法律が制定されている。
     
    例えば、災害対策基本法においては、災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすような場合には、内閣総理大臣は災害緊急事態を布告することができ(105条1項)、国会が閉会中又は衆議院が解散中であり、かつ、臨時会の招集を決定し、又は参議院の緊急集会を求めてその措置をまついとまがないときは、生活必需物資の授受の制限、価格統制、債務支払の延期等をするために必要な措置を取ることができるとされている(109条)。また、大規模地震対策特別措置法では、内閣総理大臣が務める地震災害警戒本部長は、特に必要があると認められる場合には地方自治体に必要な指示を出すことができ(13条1項)、また自衛隊の派遣を要請することもできるとされている(同条2項)。さらに、災害救助法では、7条から10条において都道府県知事に、災害対策基本法では、59条、60条、63条から65条において市町村長にそれぞれ私権を一定の場合に制限する強制権が認められている。
     
    このように、既に現憲法下においては災害対策に関する法整備がなされており、さらに憲法において災害対策に関する規定を定める必要性はない。
  4.  また、災害が発生する場所や時間によって住民の被害や必要となる対処法は千差万別となる。それゆえ、災害に的確に対処して住民救済の実を上げるためには、被災者に最も近い自治体、つまり市町村の判断を尊重し、そこに主導的な権限を与えることが必要となる。緊急事態条項によって内閣総理大臣に権限を集中したとしても区々に異なる災害現場の状況を逐一把握することは困難であり、むしろ災害の現場に対応しない画一的な対処しかできずに、かえって実効的な被災者救済を行い得ない危険性が高いこととなってしまう。
  5.  そして何より、緊急事態条項は、非常事態を克服するために内閣総理大臣等一部少数の者に強大な権力を付与するために濫用の危険が極めて高い。例えば、ナチスが独裁を獲得したことについても、ワイマール憲法48条に定められた大統領の非常措置権を濫用したことがその大きな原因として指摘されているところである。そして、緊急事態条項の濫用を防ぐための十全な抑止措置は存在しない。
  6.  このように、現行憲法下で災害対策のための立法が整備されていること、災害対策として緊急事態条項に十分な効果が期待できないこと、緊急事態条項の濫用を防止する措置を講じることはそもそも困難であり独裁への道を開く危険性があることから、当会は、憲法に災害対策を理由とする緊急事態条項を創設することに反対する。

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