奈良弁護士会

奈良裁判所新庁舎の建設に関する提言

  奈良弁護士会
会長 本多 久美子

 

はじめに

昨年から奈良の裁判所の立て替え工事が始まっています。現在、旧庁舎は取り壊され、発掘調査の段階とのこと。発掘調査が終わればいよいよ設計図面の作成に取りかかるようです。
「裁判所」は、今までは、市民の方からは縁遠いものでした。「まさか私が裁判所に来ることになるなんて」「裁判所に行くと思っただけで胸がどきどきします」。弁護士としてこのような依頼者の声を幾度聞いたことでしょう。でも本当に裁判所がこのように市民にとって近寄りがたい場所であっていいのでしょうか。これが、私たちの問題意識の原点です。
「司法制度改革」は、その基本理念として、(1)国民の期待に応える司法制度とするため、司法制度をより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとすること、(2)国民的基盤の確立のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入等により司法に対する国民の信頼を高めることを掲げています。
さらに、最近、刑事・民事を問わず一審の判決は原則として二年以内にという目標を掲げた「裁判迅速化法案」が急浮上しています。しかし、これを実現させるためには、裁判所をはじめとする司法の物的設備の充実が欠かせません。日弁連は司法インフラ倍増計画を掲げ、司法のインフラ整備の必要を強く訴えているところです。
今、議論されている司法制度改革の理念に沿った「裁判所庁舎」は、従来の裁判所庁舎と同じものであっていいはずがありません。それを具体的に考えようというところから、私たちの取り組みは始まりました。特徴を持つ全国各地の裁判所の調査、裁判所利用者へのアンケート、シンポジウム「できたらいいな、こんな裁判所!!」の開催等を行い、幾度も議論を交わし、ここに「奈良裁判所新庁舎の建設に関する提言」を発表するに至りました。
この提言は、一見「器」としての裁判所を論じているように見えるかも知れません。しかし読み進んでいかれれば、私たちが裁判に求めていること、裁判官に求めていること、市民に身近な裁判のために実行しなければならないと考えていること、等々がきっと明らかになってくるでしょう。
この提言をきっかけに、いろいろな立場の方が裁判や裁判所について考え、様々な意見が出され、市民の声が生かされた21世紀にふさわしい奈良の裁判所庁舎が実現することを願って止みません。

第1 今、なぜ「庁舎」を問うのか

  1. この提言のもつ意味
    裁判所の庁舎をどのようにするかは、本来はその裁判所の司法行政組織、即ち当該裁判所の裁判官会議で決定されるべきものである。しかし不幸にして、最高裁は勿論のこと、裁判官においてもその意識は皆無に等しかったと思われる。
    もしこの理念どおりに裁判所の庁舎問題が検討されていたならば、当該裁判官会議は、その地域の弁護士会--当該裁判所の利用者の代表的存在である弁護士の団体--に、新庁舎のあり方についての意見を一番目に求めてきたであろう。しかし、実際は、わが国の司法行政は最高裁に一元的に集中しており、その事務総局の考えにしたがって設計施工がなされているので、あらかじめ弁護士会がその全体構想について協議の席に加えられることはなかった。
    奈良弁護士会(以下、「会」という。)は、奈良地方・家庭・簡易裁判所庁舎取り壊し工事中に行った文化財発掘調査の結果をみて設計を行うとの裁判所の言葉を信じて、あえて中間意見書を作成し、県民をはじめ各界各層にこれを公開するとともに、関係者からアンケートを徴し、2002年(平成14年)12月4日にシンポジウム「できたらいいな、こんな裁判所!!」を開催する等して、さらに多くの意見を集め、新庁舎のあり方について検討を重ね、ここに「奈良裁判所新庁舎の建設に関する提言」を作成した。 これは、司法制度改革審議会意見書のいう「国民の期待に応える司法制度」を具体化し、裁判所庁舎をより国民の期待に応え得るものにするために、弁護士会がこのような提言を行う責務を負うと自覚したからである。それは取りも直さず、司法制度改革審議会意見書の「裁判所運営について、広く国民の意見等を反映することが可能となるような仕組みを導入すべきである」との提言に呼応するものであり、最高裁判所がこれからの裁判所庁舎新築・増改築に際して、初期の段階で全体構想について地元の弁護士会の意見を徴し、さらには具体的な設計を公募するなどして、その地域にふさわしい庁舎を建設される新たな動きを始めるきっかけになることを願っている。
    この提言がこのような理念に立って作成されたことを、まずもって指摘しておきたい。
  2. 裁判所庁舎のあり方
    会は、裁判所新庁舎建設に当たって、3つの視点、すなわち(1)裁判所を、国民になじみやすく、国民がより利用しやすいものにすること、(2)庁舎を、裁判官の独立をハード面から支えるマイコート中心の構造にすること、(3)裁判所を、裁判官が裁く場として考えるのでなく、原告対被告及び検察官対被告人・弁護人の論争・論証の場として考えることから検討した。
    そこで、これら各視点について、まず概略説明することにしたい。

    (1) 裁判所を、国民になじみやすく、国民がより利用しやすいものにすること
    国会、内閣と並んで、「公共性の空間」を支える柱として位置付けられた裁判所、その中でも各都道府県に存在し、国民の身近にある地方・家庭・簡易裁判所は、何よりも国民、特に地域住民になじみやすくて日常的に出入りしやすい構造のものでなければならない。
    そのためには、誰でも何時でも入りやすい外観と玄関、誰でも使用できる駐車スペース、絵画・花・IT設備があって、どこに行けば何があるかが容易に分かる案内標示や傍聴を望む市民が入りやすい法廷等の施設が必要である。とりわけ奈良の裁判所庁舎は、奈良公園の玄関口に位置しており、県民ばかりでなく全国や他の国々からの観光客も多く徘徊する場所にあることに鑑みれば、誰にでもなじむことのできる裁判所というイメージが求められる。アメリカ合衆国最高裁判所の“Welcome to the U.S.Supreme court”の表示のように、何人の出入りも歓迎する看板を掲げ、入れば裁判所がどんな役割を果たしているか容易にわかる透明性の高い庁舎にする発想も加えてよいであろう。ときには室内音楽を演奏できて市民が寛げるエントランスホールもある庁舎が望ましい。一方、権威の象徴と感じさせる広い所長室や裁判官席が高い法壇は勿論、警備のしやすさに重点を置いた構造・配置は不要である。
    奈良の裁判所は、興福寺前に位置し、東大寺等へのアクセス道路に面する観光地の一角にあって観光シーズンには道路交通の便が良くない。また、その敷地は狭く、そのうえ景観や文化財保護の面からの規制も多いので、総床面積を広くすることが容易でない。そのため、裁判所を国民になじみやすく、国民がより利用しやすいものにすることが困難である。そのうえ、地方・家庭・簡易裁判所は、各論で指摘するように、それぞれ目的・性格を異にして、その利用者も異なり、特に家庭・簡易裁判所はその利用の便宜やプライバシー等当事者の人権保障の観点から、地方裁判所なみに公開することがふさわしくない。特にその配慮は、調停事件や少額事件において著しい。そこで3つの裁判所を1庁舎に混在させる設計でなく、家庭・簡易裁判所を他所に移転して、地方裁判所のみを現敷地に建てて、その床面積を広くすることが望ましいと考えた。ちなみに、この考えは、既に会の地域司法計画で提言済みである。
    しかし、庁舎取り壊し工事完了の現在これをそのまま提案することは現実的でないと考え、地方裁判所が簡易裁判所の司法行政も行っていることも考え合わせて、家庭裁判所のみを分離して他所に移転することをまず提案することにした。
    さらに、財政的にその移転すら困難なこともあるので、現敷地に3つの裁判所を置くこともあり得ると考え、次に現敷地を家庭裁判所の敷地と他の裁判所の敷地に分けて地方・簡易裁判所の使用階(又はスペース)を異にする案、さらにそれも困難であれば、せめて地方・家庭・簡易裁判所の使用階をそれぞれ異にする案を提示することにした。
    当然、高齢者や障害のある人の裁判を受ける権利・裁判傍聴をする権利を保障するために、床の段差をなくしたり、エレベーターや障害をもつ人用のトイレを整備したりして、庁舎をバリアーフリーの構造にすべきである。

    (2) 庁舎を、裁判官の独立をハード面から支えるマイコート中心の構造にすること
    裁判所は裁判官の独立をハード面から支える構造にすべきである。裁判所の機能には、裁判官が裁判を行う機能と、それを支える庁舎・人事・会計管理や利用相談窓口の運営等を含む司法行政の機能に分けられる。これを人の面から捉えると、裁判を行うスタッフと司法行政を行うラインに分けることになる。他方庁舎の構造の面からみると、スタッフの働く場所とラインの働く場所ということになるが、この2つの場所を峻別することが、裁判の独立を保障しながら、裁判所を司法アクセスの場として最も有効に利用することを国民に保障する道である。そこで、庁舎設計に際しても、そのことをまず念頭において、裁判所に出入りする者にも目に見えてわかる形に両者を峻別し、利用相談窓口(アクセス・ポイント)や会計窓口が玄関近くにあって、それら窓口が道路から見通せる設計にすると同時に,それでいてプライバシーも侵されにくい配慮もしなければならない。それには、相談スペースに防音装置を備えた個室の相談室を多く設けることが必要である。
    又、スタッフが働く場所の整備についても、裁判官の独立をハード面から支える構造にすべきである。裁判は、裁判官が単独又は合議で行うこと、さらに今後早い段階で裁判員制度が導入されることも考慮しなければならない。そこで、まず裁判官が単独で行う裁判について、その独立を保障し、書記官等との協働を容易にして、最も迅速に裁判を行うことができるように配慮しなければならない。そのためには、裁判官がそれぞれ1つの法廷又は審判廷、個室の執務室、その裁判官の裁判にだけ関与する担当書記官等が配置された隣接書記官室を配置することが肝要である。また、裁判官はその法廷についてそれぞれ法廷警察権をもっているのであるから、できれば予算の範囲内で法廷の裁判官席の高さ、原告・被告席又は被告人・検察官・弁護人席、証人席の位置、傍聴人席の配置等を各裁判官に自由に決められるようにすることが望ましい。
    そうすると、裁判官それぞれの裁判理念・執務姿勢・生活様式を反映させてマイコートと呼ぶにふさわしい施設になるうえ、裁判所が国民にしたしみやすいものになることは間違いない。さらに、裁判に出頭し、順番を待つ当事者等が傍聴人席に座って順番を待つような現状は、裁判中の関係者のプライバシーを保障するうえで好ましくなく、後に開かれる自己の裁判で自由にものが言えない雰囲気を感じさせることも少なくないので、出頭者の控室を法廷ごとにその隣りに用意することが望まれる。
    当然、裁判官の個室の保障は、合議の際の合議室の整備を必要とするから、合議法廷には寛いで長時間の合議ができる雰囲気の合議室を整備するべきである。

    (3)裁判所を、裁判官が裁く場として考えるのでなく、原告対被告及び検察官対被告人・弁護人の論争・論証の場として考えること
    わが国では、故野田良之東大教授が訴訟のやまと言葉である「うったえ」の本来の意味は、「訴える主体の側の不平・不満・欠陥を自分より力のある者に伝えて、その処理を願うこと」であったと指摘しているが、このような国民の訴訟観が裁判所を裁判官が「お上」として裁く場と考える基盤になっていて、当事者の活発な訴訟活動を阻害している。
    そうではなく、「国民の社会生活上の医師」の役割を果たすべき存在である法曹、なかんずく弁護士は、専門家として、国民が裁判所を紛争解決の場として主体的に活用することをサポートするものでなければならない。裁判所を論争・論証の場と考え、裁判官をして「競技の審判者」の役割にとどめる、法廷・審判廷はそのための競技場である、との認識と姿勢が重要である。
    このような姿勢と認識に立ち、法廷はコミュニケーションの場として活発に意見交換ができる工夫が必要である。
    民事の場合、それに最もふさわしい法廷の構造は、論争を容易にするラウンドテーブル法廷である。ラウンド法廷は、裁判官も一つのテーブルに同じ平面で加わり、当事者は対審法廷のように緊張することなく発言し、論争することが可能となる。さらに、テーブルを囲む全員が一緒に証拠を見ることにより共通の認識を持つことができ、その評価の相違点を明らかにすることも容易になる。したがって、マイコートの法廷は各裁判官が自己の訴訟運営にふさわしいと考える形のラウンドテーブルが置かれた法廷にすべきである。
    刑事・少年審判の場合、それぞれ各論で指摘するような独自性や個別性を有してはいるが、先に述べたと同じ理念に立って、すなわち裁判所の権威を背景にする構造でなく、被告人、少年・保護者に親しめるよう、法壇や天井の高さや内装、調度に工夫を加えて、検察官対弁護人が論争し、証拠調べを行う様を近くで見て、裁判員・傍聴人など市民自身がどう主体的に裁判に参加すればよいのか自らも考え得る構造にすべきであろう。
    以下、各論で具体的な提言を行うこととする。

  3. 各裁判所に共通する課題
    次に、会は、地方・家庭・簡易裁判所に共通する課題として、(1)国民に親切な裁判、(2)充実した審理、(3)行き届いた人権保障、(4)迅速な裁判、(5)公開の名に値する傍聴を確保することを指摘したい。

    (1) 国民に親切な裁判
    さきに、裁判所庁舎のあり方として、裁判所を、国民になじみやすく、国民がより利用しやすいものにすることを提言したが、理念としてでなく、設計の基本的視点として、現にどんな市民が一人でやってきても、不自由を感じることなく利用が可能でなければならないという意味で、国民に親切な裁判所は重ねて強調しておかなければならない課題である。したがって、庁舎の設計にあたって、裁判所が県庁・市役所等と同様その地域の1つの公の施設のあることを自覚した、誰に対しても開かれた、また誰に対しても分かりやすい、誰もが利用しやすい構造と各施設の配置がなされなければならない。

    (2) 充実した審理
    裁判は、当然のことながら、訴訟関係人が充分に主張でき、充実した証拠調べが行われ、的確に争点が整理された審理がなされた上で、裁判官が事実認定や法の適用を適切・明確に行い、説得的な判断を示すべきものである。そのためには、訴訟関係人が充分に論争できる法廷がなければならないし,法廷に入るべく庁舎に来た人々が緊張することなく審理に加わることができる雰囲気が庁舎になければならない。
    それと同時に、裁判官、書記官等裁判所職員側も、訴訟関係人のために充実した審理を準備することができ、出入りする市民に親切に対応できるスペースと設備のある執務室をもたなければならない。当然各裁判官に個室を設けるべきであるが、同時に重要事件を扱う合議事件について、多様な視点を確保し慎重・活発な合議を行えるディスカッションの場として、寛げる合議室を設置し、その位置を関係裁判官の個と有機的に配置する工夫をしなければならない。

    (3) 行き届いた人権保障
    裁判所には、被拘束者も頻繁に出入りし、また一般の利用者でも裁判にかかわっていることを他人に知られたくない人々が数多く出入りする。当然、被拘束者の場合、一般利用者の目に一切触れない配慮が必要であり、護送車を下車する時点から再び護送車に乗車するまで一般利用者の目に触れないように完全に別のルートを設けるべきである。一般利用者の待合室の設置に当たっても、各人の座席が互いに見通せないように椅子を配置し、背もたれを高くする等の工夫が必要である。さらにバリアーフリーの構造に配慮すべきは論を待たない。

    (4) 迅速な裁判
    コンピューター等の事務機器や通信技術の発達により、これまでより遙かに高速で物事が進行する社会が到来した。それもあって、迅速な裁判が声高に求められている。その上、新庁舎は21世紀になって設計が行われる最初の裁判所本庁舎である。当然、それにふさわしい新しい設備を整えたものでなければならない。その上、迅速な裁判には、法廷の数、調停室の数等物的な充実が不可欠である。新たな庁舎は、このような社会の変化と国民の要求に応えるものであることを銘記した上で、設計を始めるべきである。

    (5) 公開の名に値する傍聴の確保
    国民の裁判所利用を促進するためには、庁舎がなじみやすい外観で、立ち入っても利用先へのアクセス等が分かりやすく、かつ裁判等の運用も誰でも目で見て分かり、自分が利用する場合どのように扱われるか予測できた上で、自ら利用しようという動機付けになるような庁舎でなければならない。
    そのためには、傍聴に訪れやすく、傍聴人が裁判の進行を目の当たりにしたときにその場でその裁判の内容を理解し、できれば自らも判断者として考えうる経験がえられるような形で傍聴することができるように、設計面でも配慮することが望ましい。それが公開の名に値する傍聴であろう。そうすれば、学校教育の中に裁判傍聴を多く取り入れさせる契機になるであろうし、それが裁判員制度を充実させる役割を果たせる道でもある。
    そのためには、50人以上傍聴でき、傍聴人にも審理の内容がよくわかるスピーカー、証拠調べをする際証拠物を撮影してその映像をスクリーンに投射して傍聴人にみせる等の設備を設けた法廷と、傍聴経験について裁判所職員と対話できる大きさの会議室を、裁判公開のための施設として設置すべきであろう。

第2 家庭裁判所は分離すべきである

  1. 崇高な理念
    (1)家庭裁判所は戦後「家庭に光を・少年に愛を」をモットーに、地方裁判所や簡易裁判所などの訴訟事件の担当裁判所とは異なる裁判所として発足し、後見的・福祉的機能を充実させるべきものとされてきた。
    少年事件については「少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うとともに、少年及び少年の福祉を害する成人の刑事事件について特別の処置を講ずることを目的」(少年法第1条)としている。
    他方、家事事件については「個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的」(家事審判法第1条)としている。

    (2)家庭裁判所の指導理念は、「独立性・民主性・社会性・科学性・教育性」である。
    「独立性」とは、戦後、従来の地方裁判所支部であった家事審判所の機能と、行政機関の行っていた少年審判所の機能を統合して、地方裁判所から独立した同格の裁判所として、設立されたことを指す。
    「民主性」とは、憲法の精神、とりわけ民主的な家庭観と、豊かな人権感覚を基調とした司法機関の充実がめざされたことにもとづく。
    「社会性」とは、少年審判における補導委託先の活用など、公私の団体、個人、学校、病院などの援助・協力、家事事件における民間人である参与員、調停委員の関与など、地域社会と密接な関わりをもった「開かれた裁判所」としての性格をいう。
    「科学性」とは、文字どおり科学を駆使した措置を指す。例えば、少年法第9条では、調査は医学、心理学、教育学、社会学の専門知識を活用して行なうように努めなければならないとされている。また少年審判規則第11条第3項では、心身の状況については、なるべく少年鑑別所をして科学的検査をさせなければならない旨の規定を設け、少年院法第16条でも、少年鑑別所は保護処分を適正ならしめるために医学、心理学、教育学その他の専門知識にもとづいて少年の資質の鑑別を行う旨を定めている。
    「教育性」とは、少年事件の調査から始まり、審判に至るまでの一連の手続は、少年をどう教化しうるかの手段、方法の発見であるとともに、調査及び審判自体が教育であり教化でなければならないということを意味している。したがって、少年審判に関与する関係者は、自ら真撃な教育者としての自覚を持たねばならない。

  2. プライバシーの保護
    プライバシーの保護は、少年事件、家事事件ともに共通する極めて重要な課題である。
    少年審判については、少年のプライバシーの保護を最大限に保障すべきものとされている。
    少年法第22条第2項は「審判は、これを公開しない」と定め、第61条は「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容貌等よりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事または写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」と定めている。
    また家事事件も、家庭内の本来私的な事柄を扱うものであり、秘密の保持が重要であり、非公開が原則である(家事審判規則第6条)。現実にも、家庭裁判所の利用者は、単に紛争の内容が他に知られることを恐れるだけではなく、紛争が存在することすらも秘密にしたいと望んでいるのが通常である。
    このように、少年事件と家事事件を担う家庭裁判所は、刑事訴訟・民事訴訟において裁判の公開を憲法上の原則としている地方・簡易裁判所とは、原則が大きく異なっているのである。
  3. 奈良家庭裁判所新庁舎は他の場所に独立して建設すべきである
    在宅の少年事件では、少年自身や保護者が調査官面接や審判のために家庭裁判所を訪れる。身柄事件でも保護者が調査官面接や審判のために家庭裁判所を訪れる。また、在宅の試験観察の場合、少年が一人で調査官に面接に来ることもある。
    こうした少年や保護者は、家庭裁判所に来ること自体に大変に緊張しており、また家庭裁判所に来たこと自体秘密にしたいと考えている。
    家事事件においても、利用者は、公開の法廷で勝ち負けを決める訴訟ではなく、親身になって相談を聞き、紛争を調整してくれる裁判所というイメージを持って来庁する一方で、知り合いに会うのではないか、秘密が漏れるのではないかという心理的な圧迫感や危惧感を常に携えている。また裁判所の性格上、未成年者や老齢者などが訪れることも少なくない。
    このように人目をはばかり、極めてプライベートな問題で来庁する家庭裁判所利用者が、一般の民事・刑事事件や金融関係の事件が多い地方・簡易裁判所と共通の出入口を利用し、不特定多数の人々とフロアーを共用するのでは、少年自身をはじめ当事者らの情操を害し、家庭裁判所の理念を没却させるだけでなく、家庭裁判所への来庁そのものを阻害することとなる。それは、家庭裁判所の独自性や存在意義そのものを否定することにつながる。
    以上のような、家庭裁判所の理念、特性、実態に鑑みれば、家庭裁判所庁舎は、本来独立した庁舎にすべきであり、例えば京都家庭裁判所のように自然に恵まれた場所に独立して建設すべきであり、新庁舎の建設に当たっても奈良地方・簡易裁判所との合同庁舎にすべきではない。
    なお、付言すると、戦後、最高裁は構想として、地方・簡易裁判所と家庭裁判所とを互いに独立した庁舎とすべく、その敷地を確保していった経緯があるやに聞き及ぶ。近在の例では、大津本庁や奈良本庁がそうであり、奈良公園内の鷺池の南側には近年まで奈良家庭裁判所分室が木々の中にたたずんでいた。

第3 庁舎のビジョン

裁判所は、言うまでもなく「司法」というサービスを市民に対して提供する施設のひとつである。そこで、ここでは地方裁判所、家庭裁判所、あるいは簡易裁判所という括りを離れ、一般的に「裁判所庁舎」という建造物に望まれる機能について論じる。

  1. 庁舎の立地、外観
    (1) 立地条件
    裁判所は、公共施設のひとつではあるが、一般市民にとって、通常はそう頻繁に利用するところではない。当然、「裁判所を訪れるのは今回が初めて」という人が多数存在する。したがって、裁判所は、地理的に分かりやすいところに建設されるべきである。駅前や役所の側というのは、裁判所建設にとって適地というべきであろう。
    次に、市民の利便性という点からは、交通の便のよい場所にあることは必須の条件となる。地域交通の要衝に存在するのがベストである。首都圏、中京圏、京阪神の大都市部を除いた地方都市では、近年自動車が短距離移動の主力を占めているが、自動車を利用できない市民も多数存在することを考えれば、鉄道、地下鉄、バスなど公共交通機関の駅に近接していることが望ましい。お年寄りなどが、駅から裁判所までタクシーを利用することを余儀なくされるような場所は適当ではない。この点、奈良地裁管内のいずれの支部や簡易裁判所は、この要請を満たしているとは言い難い。
    さらに、裁判所庁舎が公園、神社仏閣、城跡、その他自然の豊かな地域に所在していることは、きわめて望ましい。
    裁判所を訪れる人は、多かれ少なかれトラブルを抱え、あるいは悩みを背負っている。裁判所では、否が応でも殺伐とした話や深刻な話を強いられることもある。そうしたときに心の安らぐ環境が周囲に存在すれば、多少なりとも精神的安定を回復することができる。この点、従来の奈良裁判所庁舎は奈良公園の玄関口にあって緑が多く、正面には興福寺の五重塔や南円堂、北円堂などがそびえ立ち、鹿が散策するなどにも最適な場所に位置している。

    (2) 裁判所の表示
    前記のとおり、初めて裁判所を訪れるという市民が多数いるにもかかわらず、裁判所敷地入口に立てられた「裁判所」の表示板は、いずこの裁判所も極めて小さい。植え込みの中にひっそりと表示されている例もあり、分かりにくい。従来の奈良の庁舎も通行人にとってほとんど目につかない場所に小さく表示されており、その例に漏れない。
    サラ金業者の看板ほど派手に目立つ必要はないが、せめて通りからみてすぐに見つけることができる程度の大きさの表示板を設置すべきであろう。この点、各警察署の表示は、非常に分かりやすいのが印象的である。

    (3) 外観の形状
    インターネットを利用して、過去10年間に新築された裁判所庁舎の外観を調査してみると、いずれの庁舎もほとんど同じ形状をしており、何の特徴もないことが容易に分かる。下層階部分が灰色を基調とした石造風、上層階が黄土色ないし茶色をベースにしたタイル張りといった感じである。正面玄関が吹き抜けというのもパターンのようである。判で押したように、同じような建物が全国各地で建築されている。
    建物は機能的でありさせすればいいというものではない。外観も同様で、その地域環境や歴史、文化に馴染むものでなければならない。多くの国民が奈良に抱いている「古都」というイメージや奈良公園の玄関口に位置する地理的環境等に鑑みれば、外観もまた、それを体現するものでありたい。厳めしさではなく、古都奈良の警官にとけ込んだ外観が望まれる。
    さらには、建物のイメージを内外の建築家らにプレゼンテーションして貰ったり、住民の声を広く公募する方法も、市民に親しまれる裁判所を作っていく上できわめて有効であろう。

    (4) 駐車場
    地方都市においては自動車での移動が主力を占めている上に、奈良県では公共交通機関が十分に発達していない面もあって、今後も自動車による来庁者は増加の一途をたどるものと思われる。ところが、従来の庁舎構内の駐車スペースは、その需要を満たすには余りに不十分であった。建て替えに当たっては従来の倍程度のスペースが必要であり、できれば、そのスペースを地下や周囲の景観を害しない形で立体駐車場を設置するなどの工夫が必要である。なお、障害のある人用の駐車スペースを、建物玄関近くに確保すべきであることは言うまでもない。

    (5) その他
    敷地内には四季を彩る木々が必要であろう。奈良らしく、鹿が戯れる芝生もまた必須アイテムである。
    集団訴訟等で見られる短時間の報告集会などに供することのできる広場も作る余裕がほしい。

  2. 庁舎内部の機能
    (1) 庁舎内の階層割
    まず、受付・相談機能は、できる限り1階のフロアー、しかも出入り口に近い場所に配置すべきである。特に一般市民によって直接利用される頻度の高い簡易裁判所、家庭裁判所ではこれが要請される。市役所や町村役場でも、市民課は通常、玄関を入ったすぐの所に配置されることが多いのと同様である。
    一方で、裁判所の総務的な役割を担う部門は、一般市民の利用を想定する必要がなく、上層階において何ら問題がない。

    (2) 案内システム
    ⅰ.裁判所内の案内は、端的に言ってきわめて不親切である。病院などに比較すると遙かに劣り、市役所・町村役場に比較しても劣っている。「裁判所は、特別な人だけが利用するところ」という意識が根底にあるように思われる。
    裁判所を、もっと市民に開かれた利用しやすいものに変えていくためには、何よりもこの点の改善が急務である。例えば、空港の出発ロビーにおける案内掲示や開廷予定等をモニターで表示するといったIT化されたシステムの導入が望まれる。

    ⅱ.裁判所庁内の表示
    従来でも庁舎内には建物配置図が掲示されていたが、一見して目的の部屋を見つけることはそう容易ではなかった。
    来庁者が不安を感じずに目的の部屋を容易に見つけることができるようにするためには、必要な箇所に矢印表示を設置するとか、色分けするなどの細かい配慮が必要である。

    ⅲ.呼出状の色分け
    一般市民にとっては、調査官室や書記官室などと表示されていても、その違いがよく分からず、右往左往することが少なくない。
    こうした煩わしさを解消するために、一部の裁判所では、呼び出し状などを予め色分けしておき、裁判所内の案内も呼び出し状の色に準拠したものとするという工夫を行っている。例えば、「青色の紙の呼び出し状を送られてきた人は、少年審判に関係があり、したがって案内板の青色に彩色されている書記官室へ」と言った具合である。来庁者は、青色の表示をたどっていけば自ずと目的の部屋に到着できる。

    ⅳ.ビデオ放映
    裁判所では、少額訴訟手続や家事調停手続等についてビデオ放映を行っている。それ自体は無駄ではないが、もっと広く裁判所の利用の仕方について、あるいは役割についてアピールすることが望まれる。

    (3) 待合スペース
    ⅰ.当事者待合室
    訴訟事件、調停事件、その他来庁者が時間待ちする待合室の設備は、旧奈良庁舎の場合、その需要に比べ、きわめて不十分であった。
    まず、部屋数自体が少ない。訴訟関係者の待合室がなく、調停関係者の待合室も少ない。そのため、来庁者が廊下でたむろする風景が常態であった。
    第2に、個々の待合室のスペースがきわめて狭い。調停事件では、30分、あるいは1時間以上にわたって長時間待たされることも珍しくないが、そのような場合に、狭い待合室に多数人で押し込められる圧迫感は想像以上に苦痛を伴うものである。
    待合室の数が少なく、スペースが狭いと言うことは、プライバシーの面からも問題が大きい。刑事事件、少年事件、調停事件とりわけ家事事件で来庁する人は、来庁の理由を他人に知られたくない、人と顔を合わしたくないという気持ちが強く、できれば誰とも顔を合わさず一人でいたいと望んでいるのが通常である。
    こうした来庁者の気持ちに配慮し、待合室は諸処の目的に応じて、できる限り多く、かつ広さも相当のスペースを確保すべきである。
    一般来庁者の待合室、訴訟関係者の待合室、調停関係者の待合室というように目的に応じて複数設置することが必要である。特に調停関係では、1調停室に1待合室を設けるのがベストではある。そうすれば、代理人等との打ち合わせも気兼ねなくできる。それが不可能でも、最小限5調停室に1室の割合程度の待合室を設けるべきである。その場合、待合室内に仕切を設け、プライバシーの保護や代理人との打ち合わせができるよう配慮すべきである。互いの顔が向き合わないよう、壁側を向いて座るような椅子の配置も必要である。
    待合室の中では、奇妙な緊張感や殺伐とした雰囲気が流れていることが多い。トラブルを抱える人々の待合室である以上、当然といえば当然である。少しでも精神的に解放されるために、窓、カーテン、絵画、置物、生け花、観葉植物、金魚鉢、雑誌類、そしてBGM等の配慮が不可欠である。

    ⅱ.弁護士待合室
    弁護士待合室には、相談・打合スペースと執務スペースが不可欠である。
    前者は、証人尋問前の最終確認や調停前の打ち合わせの際に不可欠である。後者は、弁論や公判の間の時間などに書面作成を行う際に不可欠である。特に、裁判所に事務所が近接していない弁護士において利用頻度が大きい。
    裁判所においては、弁護士待合室を単なる弁護士の休憩場所と見る向きがあるが、裁判の充実、迅速に不可欠なスペースと位置づけられるべきであろう。

    ⅲ.喫煙スペース
    我が国の喫煙人口は減少の一途をたどっており、公共空間の禁煙化が進んでいる。裁判所も「原則禁煙」とされるのは、時代の趨勢というべきであろう。
    しかし、一方では喫煙愛好者も多数存在し、各階に一箇所は喫煙室を設け、「分煙」を進めるのが相当である。

    (4) 被拘束者の人権保障
    身柄を拘束された刑事被疑者・被告人、あるいは被疑少年ら被拘束者は、勾留質問や公判、少年審判のために必ず裁判所を訪れる。その場合、プライバシーが侵害される危険性を常にはらんであり。世間の注目を集め、報道陣が殺到するような事件の場合には、なおさらである。
    被拘束者の人権を、その侵害から守るためには、護送車から下車し、再度乗車するまでの間に関係者以外の者と一切顔を合わさないようにする措置が必要不可欠である。最近建設された庁舎などでよく見られるように、庁舎への入口を地下に設けるのは非常に効果的である。
    次に、地下から法廷まで上がることのできる専用エレベーターと専用通路が設置されるべきである。
    法廷に入った後も、裁判が始まるまでの間、手錠をかけられた手が傍聴者等から見えないよう覆いをするなどの配慮も当然である。

    (5) バリアフリー
    バリアフリーは、障害を持つ人や高齢者のためだけでなく、およそすべての人にとって裁判所がより利用しやすいものになるための必要不可欠条件である。それは単にスロープの設置や段差の解消に留まらず、両開きの自動ドア、点字ブロックの設置、音声案内、エレベーター、廊下や階段の手すり、車いすでも十分に出入りできる廊下やドアの幅員、急患の場合の救護室等の設置が必要である。
    また、旧庁舎の対審法廷では車いすの人用の傍聴席が確保されておらず、また傍聴席から当事者席や証人台席への通路を車いすで通行することは困難であった。これらの改善も当然になされてしかるべきである。

    (6) 壁面、採光、オブジェ・絵画等
    壁面の色を工夫したり、絵画を飾る、あるいは玄関ロビーにオブジェを配置するなどといった事例は、全国の裁判所でも見られ始めている。
    奈良新庁舎においても、そうした配慮は当然になされるべきである。それに加え、さわやかな雰囲気を醸し出すためにも全館を通じて採光を追求すべきである。法廷、調停室から廊下に至るまで可能な限り大きな窓を設置し、さわやかな環境を保障することも、これからの裁判所に求められる条件である。

  3. 第4 地方裁判所のビジョン

    1. 法廷 「1裁判官・1ラウンド法廷の原則」
      (1) 1裁判官・1ラウンド法廷の原則
      現行の裁判手続の運用は、ある係は毎週何曜日に開廷というように決められている。それは、別の曜日には別の部や別の係が法廷を使用しているからである。その結果、ある日時に代理人の都合があわないと、1週間先、2週間先と期日が延びていき、トータルでみると際限なく解決までの時間がかかることになる。
      これを改め、充実した審理を迅速に行うための最も適した方法は、1人の裁判官が1つのラウンド法廷を持つことである。このような方式に変えると、担当裁判官と両当事者の都合だけで柔軟に期日を入れることができる。しかもラウンド法廷を設置することによって、弁論以外にも和解や弁論準備なども柔軟に期日設定が可能となる。
      これは、単に裁判の促進につながるという利点だけではない。むしろそれ以上に大きなメリットは、各裁判官の感覚と認識と工夫で、それぞれの法廷を形成することが可能となるという点である。現在のシステムでは、複数の裁判官が同じ法廷を使用しているために、個々の裁判官の意向に基づいて法廷内を変更することができない。たとえば、椅子やテーブルの色や大きさを変えたり、カーテンの色を変えたりといった具合である。裁判官ごとに法廷をもつことができれば各裁判官の創意工夫を設備的にも法廷に反映させることができる。
      裁判官の独立とは、審理や判断において他の影響を受けないと言うことであり、法廷もまた個々の裁判官の意向が反映して良いのではないだろうか。
      また、ラウンド法廷の設置にあたっては、部屋の大きさや設備についても柔軟に考えられるべきである。例えば、ある裁判体においては、事案の特殊性を考慮し、ラウンド法廷で本人尋問を行った例が存在する。このような人証調べまでを行いうる大きさや設備のラウンド法廷も存在してよいであろうし、また、ごく小さな面接室のようなラウンド法廷も、裁判官の志向や事件の内容によっては設置が考えられてよいであろう。

      (2) 各種機材の確保
      「分かりやすい裁判」の理念からいうと、書証や各種の書面だけであらかたの手続の決着がついてしまい、それだけで裁判所が判断を行うような法廷が妥当でないことはいうまでもない。それでは第三者の目から見て何をやっているのか分からないのは勿論のこと、当事者にとっても何がどのように進行しているのか分からないであろう。しかも、それは判断の場面における事実認定のマニュアル化につながる危険性さえ有している。
      コミュニケーションの技術が飛躍的に進歩した現代社会において、明治時代と基本的に変わらない書面によるやりとりだけでコミュニケーションを交わしている方式は、きわめて旧態依然としている。そのような方式がまかり通っているのは、いまや裁判所だけであるといって過言ではない。近未来における主張と立証の方法を想定した場合、例えば、CDやMDなどの音声記憶媒体による立証や、ビデオテープ、DVD、スライド、コンピュータ・グラフィック等による映像立証も認められていくであろう。
      このような立証方法を用いた立証では、法廷内でそれを再現し、適宜口頭による補足説明とそれに対する反論を繰り返すことによって、審理の内容が誰の目にもリアルタイムで認識される。
      これらのIT化は、証拠や主張の提出を多面的に行えるというメリットだけでなく、当事者は勿論のこと傍聴者に至るまで、「裁判で何をやっているか分かる」という重要な価値基準の転換をもたらす。すなわち、傍聴席さえ設けておけば中で何が審理されているのか分からなくてもよいという形骸だけの公開裁判から、真に「公開」の名に値する裁判への転換が図られることになる。このようにしてこそ、国民にとって分かりやすい裁判、公開して意味のある裁判が実現する。
      近い将来、導入が予定されている裁判員制度では、このような観点が特に重要になる。裁判員に主張内容を理解させるには、逐一まわりくどく文章で説明するよりも、10秒の映像で情報を提供する方が遙かに有効である。

      (3) 傍聴者の権利保障
      国民に分かりやすく、かつ親切な裁判を目指すならば、少なくとも対審法廷については、傍聴席の数やスペースは十分なものを準備しなければならないことは当然である。傍聴人多数の場合に抽選になることがあるが、国民の共有施設でありながら、利用するために足を運んできた市民に対し場所を提供できないというのは、本来ならば恥ずべきことであろう。
      裁判傍聴会を行った場合に、参加者からの苦情で最も多いものは、「前にいる人が何を言っているのか全然聞こえない」というものである。したがって、これを改め、傍聴人にとっても何の手続がどのように進行しているのかを分かりやすくするために、集音マイク、スピーカー等の音声システムを充実すべきである。十分な集音設備で聞こえやすい会話で行われる弁論は、法廷の緊張感を高め、口頭主義をさらに促進させることにもつながるであろう。
      さらに、聴覚面のみならず視覚面でも傍聴による裁判理解を容易にするために、法廷の前方が下っており後方が放射状に上がっている形である階段法廷の導入が検討されるべきである。このような形であれば、より多数の人間の傍聴が可能になるであろうし、法壇の位置を下げることは、権威主義的な訴訟指揮の抑制にも貢献するであろう。その場合でも視覚障害や肢体障害のある人の利便性には充分な配慮をすべきである。

      (4) 人的設備について
      さらに、国民による利用を円滑なものとするために、来庁者の案内を専門的に担当する職員の配置が考えられるべきである。警備員が事実上それを行っているが、本来兼務でまかなえるものではない。大抵の役所や銀行のロビーには専門の係員が案内を行っており、裁判所も「サービス業」という認識を持たなければならない時代である。
      また、法廷内においては、必要に応じ、手話通訳者の確保や要約筆記設備の確保も必要である。

      (5) 必要な設備の数量について
      以上を踏まえた上で、実際に必要な設備の数量について検討する。
      ⅰ.法廷について
      第1に、刑事裁判用の対審法廷が最低2室必要である。
      うち1室は近い将来、導入が予定されている裁判員制度にハード的に対応できるよう、9~11の裁判員席が確保できる構造にすべきである。
      第2に、民事裁判用の対審法廷(合議法廷)が1室必要である。これは社会的にも注目される事件や集団訴訟に対応したものであって、一般的な事件は扱わないから1室確保すれば十分である。
      逆に、ランド法廷については単独事件を担当する裁判官ごとに1室が必要である。近時、日本弁護士連合会司法改革実現本部が調査・策定した全国の裁判所における必要裁判官数の提案に基づけば、奈良の場合には単独事件を扱う民事裁判官数は9名必要とされており、ラウンド法廷についても9室が必要である。

      ⅱ.待合室について
      簡易裁判所や家庭裁判所に比べると、地方裁判所においては出席者に占める代理人の割合が高く、本人の割合は少ない。したがって、簡易裁判所や家庭裁判所におけるような、他人と顔を向き合わせる苦痛に対する配慮については、それほど重視する必要がない。逆に、簡易裁判所や家庭裁判所と異なり、地方裁判所においては、傍聴人が多数存在する社会的に大事件を扱う場合がある。したがって、これらを考慮して、地方裁判所の場合には少なくとも20人程度を余裕を持って収容できる大部屋形式の待合室を設けるべきである。

    2. 裁判官室 裁判官の独立を保障するために
      (1) 個室の必要性
      現状の裁判官室は、ほとんどの場合、各部ごとに1つの部屋になっており、その中で複数の裁判官が執務を行うという状況になっている。
      しかし、身分と良心の独立が強く要請される裁判官の執務環境として、このような状況は妥当とは言い難い。四六時中上司と顔を合わせる環境は、上司に対する発言を遠慮することにつながる。けだし平穏な勤務環境の確保のために論争をさけるのは、裁判官を含めた日本人の共通の考え方だからである。それは、結局は裁判官の独立を形骸化させることになる。
      こうした環境は、上司にとっては、常に部下の執務状況を管理することが可能となり、恣意的な人事考課、人事管理を可能ならしめる。
      これらの弊害に鑑みれば、他の裁判官と職務上顔をあわせるのは原則として合議の場のみとし、通常は単独の執務室において執務する形態の方が、裁判官の独立を空間的に保障し、人的干渉や管理を排除することができる。アメリカにおいては原則としてこのような制度が取られていることは学ぶべきである。
      このように、近い招来の裁判所は、裁判官が個室でそれぞれ執務を行う体制を整えるべきである。このことは、「1裁判官・1ラウンド法廷の原則」と併用することによって、さらに裁判官の創意工夫あふれる法廷の形成を可能にするであろう。

      (2) 合議室の必要性
      先述のとおり、今後の裁判所は、実質的審理を確保できる裁判所を指向すべきであるが、その場合に最も重要であるのが、合議室の確保である。
      旧庁舎では、4階1号法廷横に合議室は存在したが、これは開廷中の合議に用いられていたに留まり、通常想定される合議には用いられていなかったように思われる。実際の合議は、裁判官室で執務机に座ったまま行われていたようである。
      翻って考えてみれば、合議事件は合議を行うからこその合議事件なのであって、実質的な合議の場を確保しない合議事件は、合議の名に値しない。すなわち、合議室は日常の執務室とは別にディスカッションの場としてこれを設置すべきである。そのようにすることで、その合議は、日常の執務の延長線上に位置するものではない、特別な議論としての色彩を帯びることになる。上下の隔てなく、互いに一裁判官として合議に臨むことができる。そもそも会議とは、別に日時と場所を設定して会議の「場」を設け、それに向けて参加者があらかじめ議題について準備し、会議の場において意見を闘わせ、合意を形成していくプロセスである。そのような手続を踏まずに執務机でそのまま行う「合議」は、「合議」の名を汚すものである。

      (3) IT化との関係
      また、今日のIT化は、上記の執務の個別化をさらに可能にしている。すなわち、各裁判官のコンピュータがオンラインで結ばれ、顔をあわせるまでもなく電子記録のやりとりが自由に行われうる環境においては、裁判官同士が日常的に同室で同席すべき必然性は低い。裁判記録の電子化が進行すれば、同一の記録を「回し読み」する場面すら将来的には減少するといえる。むしろ、同時多数複製が容易であることを特質とする電子記録が主流となれば、同一の記録を同時に複数の裁判官が並行して読むことすら可能になる(例えば、準備書面その他の書面の電子データを各裁判官のコンピュータに同時送信した場合を想定されたい)。したがって、このような点からも、執務の個別化と各裁判官ごとの個別的見解の確立、さらにはそれに基づく合議におけるディスカッションの充実が可能になるのである。

    3. 書記官室 スタッフとラインの分離
      (1)裁判所は、書記官室が通常受付業務を行うにもかかわらず、受付専門の担当者が存在しない。つまり、書記官は奥の書記官机で書記官業務をやりながら、受付に来庁者が現れると、その場にいる書記官が事実上取次を行うというシステムになっている。
      これは、裁判所が、裁判所が行う仕事は市民に対する司法サービスであるとの認識に欠けていることに起因していると思われる。換言すれば、裁判所は司法改革の嵐のまっただ中においてさえも旧態依然として、裁判所は国民が願い出るものとのお上意識に根ざしているように思われる。
      しかし、今日、裁判所の業務が「司法サービス」であることは、最高裁判所自身が自認しているところである。その視点に立てば受付業務、接客業務は司法サービスの出発点である。銀行でも役所でも郵便局でも、受付のカウンターには受付の専門職が存在する。その職員の主たる業務は、あくまでも客の方を向いて座り、客がカウンターの前に立ったら即座にそのニーズに対応することである。このような認識が裁判所にはない。そのために、初めて書記官室を訪れる国民は、面食らったり、違和感を感じたりするのである。
      こうした対応を改め、受付ゾーンを設けた上で、そこにはスタッフとしての書記官とは別にラインとしての受付・接客専門の書記官を常置させるべきである。このように分業をすることで、スタッフとしての書記官は本来の調書作成業務や記録点検業務、連絡業務等に集中することができる。また、担当書記官が法廷入りして席を外している間でも、ラインのスタッフによって書面等の受付処理をスムースに行うことが可能になる。こうすることで、裁判所として組織的な対応が可能となり、市民へのサービスも飛躍的に向上させることができる。
      受付の設置に当たっては、あらゆる利用者が心理的負担なく気軽に出入りできる場所の配慮が必要である。透明の自動ドア、カウンター、来庁者の待合い席など、受付にふさわしい設備を整えるべきであろう。

      (2)前述のとおり、裁判官は個室で勤務することを原則とすべきであるから、それに伴って書記官も各裁判官に対応して個室勤務へ移行すべきである。また、このように書記官は裁判所内部での事件処理に専属し、来庁者への担当者を別に置くことによって、業務の分化(生産部門と営業部門の分化)が明確になり、能率的かつ利用者にとっても利用しやすい体制が可能となる。

    4. 令状および刑事公判の関係
      令状および刑事公判との関係では、一般の利用者ではなく、勾留質問を受ける場合あるいは公判に出廷する場合などの被拘束者その他関係者が出入りするという特殊性が存在する。被拘束者の人権保護については先に述べたとおり、護送車を下車してから裁判所に入退場し再び護送車に乗車するまで、一般の利用者の眼に触れないよう完全に別のルートを設ける必要がある。
    5. 執行との関係
      執行との関係では、一般の利用者が出入りする場所として、物件明細閲覧室が存在する。
      この閲覧室は、競売物件の存在を一般市民に広く公示し、幅広く買い受け手続への参加を募るために存在するものであり、より高額での落札と、円滑な執行手続の実現のために、一般市民による利用は極めて重要である。ことに、競売手続に関しては、長年の間、一般人が近寄りがたい雰囲気があることが指摘されており、近時、一般人が気軽に参加することの重要性がさらに認識され、民事執行法の法改正などにもつながっているところである。しかし、現状のところ、一般人の気軽な利用という点については、必ずしも十分に改善されているとはいえない。
      そこで、将来においては、以下のような閲覧室の存在が実現されるべきである。第1に、物件明細は多くの場合大部にわたる書類であり、かつ、参加を希望する者は、細かい数字等も含めてそれを隅々までチェックしなければならない。したがって、この作業ができるための、十分なスペースを持った椅子とテーブルが必要である。記録を片手に抱えての「立ち読み」などでは内容の検討などおよそ困難であることはいうまでもない。さらに、必要に応じてメモ用紙や筆記具、各種文房具なども準備されるべきである。第2に、物件明細は集中してこれを精読する必要があり、外部の騒音がもれ聞こえるような場所でこれを行わせるべきではない。したがって、他の部屋や廊下から遮蔽された静謐な空間が保障されるべきである。従前の閲覧室は、単に物件の明細が展示されているだけであり、「閲覧」のためだけのスペースであったが、その実質的な機能、および一般市民の利用意欲を惹起させるための設備という意義を考慮するならば、将来の閲覧室は、むしろ、図書館あるいは学習室のようなイメージで設計されるべきである。

    第5 簡易裁判所のビジョン

    1. 国民が利用しやすい裁判所
      簡易裁判所は、訴額90万円以下の訴訟を扱う裁判所であり、また広く調停事件を扱う裁判所である。
      まず、訴訟についてみると、簡易裁判所管轄訴訟事件は軽微な事件を簡易な手続により迅速に解決することが意図されている。すなわち地方裁判所管轄事件が書面主義であり、法律知識と訴訟技術を要する精緻な手続であって、法曹資格が要請されるのと異なって、簡易裁判所管轄訴訟事件は、口頭受理が認められており、本人でも対応できる外、使用人や家族も代理人になることができるなど、簡易な手続が定められている。平成10年に導入された少額事件訴訟を含め、簡裁は市民自ら出頭し、権利の実現を図ることのできる「民衆の駆け込み寺」としての性格を有しているのである。
      しかし簡易裁判所の現状は、消費者金融や信販事件といった金銭取立事件が訴訟事件全体の7~8割を占めており、一般市民が気軽に利用できる紛争処理機関にはなっていない。
      次に、調停についてみると、調停は比較的軽微な紛争や日常のもめ事について、裁判所の仲介により当事者が互譲によって合意を成立させて紛争を解決する制度であり、訴訟事件と並び簡易裁判所の重要な役割の一つである。
      いずれの役割においても簡易裁判所に期待されているのは「利用者が利用しやすい裁判所」という視点である。
      そこで、こうした簡裁の理念を再度認識しながら、受付センターのあり方、訴訟(少額事件訴訟を含む)、調停の有効的な利用という観点から、庁舎のビジョンを考察する。
    2. 「受付相談センター」は簡易裁判所の顔
      紛争を抱えた市民は、予め訴訟や調停など方針を決めて裁判所に相談にくるのではない。抱えている紛争をどのような手続で解決していけばよいのかを相談にくるのである。その市民が最初に接する裁判所の窓口が簡裁受付相談センター(以下、「センター」という。)である。センターは簡易裁判所の「顔」である。
      したがって、センターには、次の機能が求められる。第1に、市民が気軽に相談に訪れることのできる雰囲気がハード、ソフトともに必要である。多くの市民はこれまで一度も裁判所を訪れたことがなく、裁判所のイメージは警察よりもっと怖いところという意識さえ有している市民も少なくない。そうした市民に、紛争を抱えたときにはまずセンターという発想を持たせるには、何よりも“訪れる気軽さ”がなければならない。第2に、相談に訪れた市民に対し、センター職員が速やかに事情を聞き、相談者の希望に応じて臨機応変に対処方法を助言できる体勢が必要である。訴訟が相当な場合には担当書記官による詳細な事情聴取が必要となり、調停が相当な場合には申立用紙の記載要領を指導することになろう。また、その他の機関(弁護士会、生活科学センター、その他のADR)が相当な場合には、その機関を紹介することになる。
      このようにしてセンターでの助言をもとに相談者は抱える紛争の解決方法を知り、速やかにかつ適切な解決のために行動することができるのである。
      次に、センターがこうした対応をなしうるためには、その規模、配置、助言内容に応じた対処を助言する機関・場所等が必要となる。その重要な点について検討する。

      (1) 受付カウンター
      受付センターは、相談者が気軽に、かつ、さしたる待ち時間も要せずに相談できる規模と配置が必要である。センターとしての独自の部屋を設け、相談者の数に見合った広さ、相談のためのテーブル・椅子のセットが数組は必要である。また、そこには相談者のニーズにあった各種のインフォメーションや案内パンフレットが完備されなければならない。

      (2) 職員の配置
      次に相談に応じる専門の職員の配置である。この場合、裁判所の内部事務(訴訟や調停等)を担当する職員とセンター窓口を担当する職員とを明確に分離すべきである。いわば、スタッフとラインとの明確な分離である。そうすることで職員が本来の事務の片手間に相談に応じるのではなく、専門の職員としてセンター独自の役割を担うことができる。職員も相談担当職員として、目的意識を持って相談に臨むことができる。担当職員には、書記官と5年未満の判事補を配置すべきであろう。

      (3) プライバシーの保護
      センターの規模・配置を検討する際に考慮すべき重要な事項の一つに相談者のプライバシー保護の問題がある。
      相談者は自ら抱える紛争について相談にくるのであり、その相談の内容は多かれ少なかれプライベートな内容を含んでいる。内容によっては他人に聞かれたくないことがらもあろう。こうした相談者のプライバシーを保護するためには、周囲にいる他の相談者に相談内容が聞こえないようにする配慮、たとえば隣の相談者との間に遮蔽板やついたてを設けるとか、適度なBGMを流すなどの配慮が必要である。

      (4) 相談室の確保
      相談の域を超えて調停を申し立てたり、訴訟を提起するという場合には、単にプライバシー保護という配慮を超えて、担当職員が相談者からじっくり事情を聞く必要がある。センター窓口でそれを行うことは困難な場合もあり、そうした場合には個室で事情を聞くことが必要となる。

      (5) 必要な受付センター、相談室の数量
      以上、簡裁受付センターの機能を果たすためには、受付センターにおける相談者の席は最低5席を設けるべきである。隣の相談席との間には衝立等を設置し、相談内容が隣席に漏れないような措置を講じる必要がある。さらに相談だけで終わらないケースの相談室として5室を設ける必要がある。

    3. 当事者裁判にふさわしい法廷
      実情に即して簡裁法廷を検討すると、簡裁事件の審理は基本的にラウンド法廷で行うことが相当と思われる。
      前述のとおり、簡裁訴訟事件の多くは、与信会社等から債務者に対する金銭支払請求事件である。その殆どは事実関係には争いがなく、その場で判決がなされたり、支払額・方法について和解がなされている。被告に代理人がついている事案は極少数で殆どが本人訴訟である。
      こうした事案では、従来の対審構造の法廷において審理をする必要性は全くなく、むしろ本音で話せるようなアットホームな法廷が求められる。公開法廷の原則から対審法廷は相当数の傍聴席が設けられているが、そこに座しているのはいわゆる傍聴者ではなく、自分の事件審理の順番を待つ当事者である。当事者にとっては、他人に見られているという不安感や羞恥心、あるいは自尊心から自己の気持ちを十分に裁判所に伝えることができず、苦慮している場面も少なからず見受けられる。支払遅滞に陥っている債務者の場合はなおさらである。
      このような事情をふまえれば、簡裁事件は敢えて対審法定で審理するのではなく、ラウンド法廷において膝をつき合わせて解決方法を探る方が遙かに事案に解決に即している。次の事件審理の当事者を敢えて傍聴席で待たせる必要はなく、待合室で待って貰い、順番がくればラウンド法廷に入って貰うという運用で十分である。
      少額事件訴訟では、従来もラウンド法廷が使用されている。
      このように簡裁には対審法廷とラウンド法廷を併設することが不可欠である。
    4. 独自の調停システムの必要性
      調停は簡裁の役割の最たるものである。家裁における家事調停と並んで、調停制度は我が国において独自の発展を遂げ、いまや紛争解決機関としてなくてはならない存在に至っている。
      しかるに、旧庁舎におけるその運用は極めてお粗末というべきものであった。第1に、調停室の数が少なく、かつ家裁調停との兼用であるために、部屋の確保ができないとの理由で調停期日が入らないことが多々あり、当事者の無用の時間と労力をかけてきた。部屋の構造も調停室での会話が廊下に漏れ聞こえてくることも珍しくなかった。待合室には呼び出しシステムがなく、調停委員が一々待合室に当事者を呼びに行く手間も大変であった。しかも待合室が少ない上に狭いため、当事者らが廊下で待っている姿も日常的に見受けられ、調停委員が当事者を捜して右往左往する姿も少なからず見られた。
      こうした問題は、いずれもハード面の対策によって容易に解決できる問題である。したがって、新庁舎の建設にあっては次の諸点を考慮すべきである。

      (1)家裁庁舎の独立構造のビジョンと相まって、調停室も簡裁独自の調停室を必要相当数確保すること。現在の利用状況に鑑みれば、15室を設けるべきである。さらに窓やカーテンの設置、絵画や花等の装飾など和やかな雰囲気で調停を行える工夫をすること。

      (2)当事者の待合室を最低6カ所(これは、調停室5室に対し1室の割であり、申立人用、相手方用が必要となる)確保するとともに、その広さを十分に確保すること。窓の設置の外、絵画や花等の装飾、雑誌など書籍の備置、BGMなど、待ち時間をいらいらせずに過ごせる工夫をすること。なお、訴訟関係者の待合室は調停待合室とは別個に設けるべきであり、その規模は地裁と同程度の20名程度収容できる待合室とすべきである。

      (3)調停室と待合室を結ぶ呼び出しシステムを設置すること。さらに、調停の実質的充実を図るために、調停委員室(司法委員の充実も含めて)のハード、ソフト両面での充実が求められる。

    第6 家庭裁判所のビジョン

    1. 家庭裁判所スペースの分離を
      第2の項で、会は、家庭裁判所を独立して建設することを提言した。そうした別の場所が確保できず、現在の敷地に建設するとした場合でも、地方・簡易裁判所とは別棟の独立した建屋とすべきである。それができず、奈良地方・簡易裁判所と合同の庁舎として建設することが避けられないのであれば、最小限地方・簡易裁判所とは独立した構造にし、あるのは家裁判所の機能に相応しい構造とすべきである。
      すなわち、一棟の建物内であっても、階を違えるとか同じ階であっても地方・家庭裁判所部門とはフロアーを共用しないよう独立した構造とする必要がある。その大前提として、地方・簡易裁判所の出入口と家庭裁判所のそれとを明確に分離することが必要である。さらに配慮を尽くすなら、家事事件と少年事件についても、それぞれ出入口を別にすることが望まれる。
      これは、すでに述べた家庭裁判所の独自性およびその性格から導き出される本質的な要請であり、たとえ敷地や建物の利用面からその効率が阻害されてもその実現を図るべきものである。
      この関係で特筆すべきは、岡山及び山口各地方・家庭裁判所の例である。これらの庁では、合同庁舎でありながら、地方裁判所長と家庭裁判所長を別に置き、庁舎の機能としても地方簡易裁判所と家庭裁判所とが区分されており、庁舎構造もそれにしたがって区分されている。そのため、利用者からすれば、互いに独立庁舎と思わせるような雰囲気を醸し出している。
    2. 家事・少年関係に共通する施設・設備
      具体的に、次のような施設・設備が必要である。

      (1)広く明るく出入りしやすい出入口にする。車椅子用のスロープを設置し、視聴覚に障害を持つ人用の誘導ブロックを設置する。
      また、車椅子用・視聴覚に障害を持つ人用の音声案内によるエレベーターを併設し、階段には手すりを設ける。
      事件によっては、当事者同士の間で暴力的事態が予想されるので、隔離室等の設備が必要である。

      (2)秘密・プライバシーを守る設備が必要である。

      (3)案内センターを設け、利用者がとまどわずに家庭裁判所を利用できるようにする。
      各担当部の案内の表示に工夫をこらす必要がある。例えば、現在、病院などで行っているように担当部署を色で区分することなども一案である。廊下内の指示、エレベーター内の表示も一目で分かるようにすべきである。
      案内掲示板を目の高さにし、明るさにも充分留意して設置する。なお、アクリル板を使った点字案内板なども設置する必要がある。

      (4)幼児・子ども連れや高齢者に配慮したトイレを設置する。車椅子用のトイレ・洗面所を併設する。

      (5)高齢者や障害を持つ人が調停室や各室に出入りするにあたって安全な方法をとる。廊下の滑り止めの施工をする。

      (6)全館禁煙として、喫煙室を個別に設ける。

      (7)謄写室の設置、ファックスの設置、駐車場の拡充と設備、弁護士と依頼者との打ち合わせの場所の設置、受付と控室・調停室との連絡を密にする方策、相談コーナーにベテラン職員を配置すること等につき、検討する必要がある。

    3. 家事関係
      (1) 受付センター
      家庭裁判所への相談は家事事件を中心に多種多様である。受付窓口で対応できる簡単な相談もあれば、調停を含め個別の対応が必要な事案も存する。これら相談者のニーズに対応するため、受付のブース5席、並びに個別相談用の部屋としてを5室を設ける必要がある。建物の各部屋の採光、大きさにも配慮し、明るく落ち着ける施設とする。

      (2) 調停室・待合室
      調停室は、現在の利用状況に鑑み、15室を確保すべきである。設置に当たっては隣室や廊下側の防音(プライバシー保護)に配慮する必要がある。
      待合室は、調停室5室に対して1セットの割合で確保すべきである。すなわち申立人用と相手方用で合計6室が必要となる。すなわち、待合室から調停室への距離をできるだけ短くし、他の来聴者と会わないようにする配慮である。あまり大きな部屋は相当ではなく、互いに目が合わないよう同じ方向を向く構造が肝要である。調停室と待合室を一体化した構造とする工夫も必要であろう。いずれの部屋にも絵画や置物、カーテンなど当事者の心を和らげる配慮が必要であろう。

    4. 少年関係
      少年審判廷については、重罪事件の事実認定に関わる審理手続の際には、検察官立会の下、対審構造の配置とし、保護手続に移行した段階にあっては、それに相応しい席の配置となるよう設備も含め運営されるべきである。
      次に、出頭した少年や家族のプライバシーを保護するように、充分な控室を設けることが必要である。
      さらに、代理人や少年事件付添人である弁護士と個別に落ち着いて打ち合わせできる打ち合わせ室を設けるべきである。

    第7 結びにかえて

    奈良県の人口は150万人に達しようとしている。他方奈良弁護士会は、20年前の30数名の小単位会から80数名の中単位会へと発展してきた。殆どの自治体で無料法律相談を定期的に開催し、1996年には南和相談センターが設置され、近々中和相談センターも設置される予定である。しかし、それでも県民のニーズに十分に応えられる司法サービスを提供できるには至っていない。
    いわんや、裁判所はまだまだである。昨年12月4日に開催したシンポジウム「できたらいいな こんな裁判所!!」でも、裁判所は職員の参加を牽制し、職員アンケート要請にも応じなかった。
    そうではあるが、いや、そうであるからこそ、庁舎建て替えに当たって会は、開かれた裁判所を求めて庁舎という器にスポットを当て、その改革を提言した。提言の内容がどれだけ新庁舎に具現化されるか、正直なところ覚束ない。しかし、21世紀最初に建て替えられる庁舎が、少しでも21世紀の司法を担うに値する器となることを念じつつ、この提言がその先達の一助としての役割を果たせることを願う。

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