奈良弁護士会

足利事件に関する会長声明

奈良弁護士会
会長 藤井 茂久

菅家利和氏は、1990年(平成2年)5月に栃木県足利市内で発生した幼女誘拐・殺人・死体遺棄事件(いわゆる足利事件)の犯人とされ、無期懲役刑の有罪判決が確定し、服役していたが、事件から20年近く経った本年になって無実とわかり、6月4日、釈放された。

足利事件とは、DNA鑑定を決め手に、捜査機関が菅家氏に虚偽の自白を強要した事件である。捜査機関は、DNA鑑定が当時はまだ不完全な技術であったのに、完璧なものであるかのように誤信し、必要な裏付け捜査を全くせず、菅家氏を犯人と決めつけた。捜査機関は、逮捕状が出ていない段階から、菅家氏を取調室という密室に拘束し、犯人ではないのに「私がやりました。」という虚偽自白を強要したのである。

その後、捜査機関は、菅家氏の犯人性を肯定する裏付け捜査のみをし、犯人性を否定しうる証拠を無視した。また、犯行現場や犯行状況について、菅家氏を欺罔し、誘導することによって、まるで真犯人が語ったかのように、自白調書を多数作成し、菅家氏の虚偽自白を補強していったのである。

そして、検察庁及び裁判所は、それらの自白調書を過度に重要視して、有罪との結論を出したのである。

長年に渡る菅家氏の裁判においては、菅家氏が自白を撤回して「犯人ではない」と訴えたことが何度かある。それにもかかわらず、本年まで、客観的証拠の再検証がなされず、無実であることが判明しなかったのは、自白偏重の裁判が行われてきたせいにほかならない。

足利事件のようなえん罪事件が、これまで何度も繰り返されてきたのは周知の事実である(志布志事件、氷見事件など)。えん罪が起きた過程を検証せず、えん罪を防ぐ方策を採らなければ、今後もえん罪の悲劇が繰り返されるのは当然である。

今こそ、捜査段階から裁判・判決に至るまで、刑事裁判の大原則である「無罪推定」を貫徹しなければならない。

検察庁は、取調べの一部録画により、調書作成の任意性・内容の信用性が担保されると主張する。しかし、一部録画、特に被疑者が自白した後の録画では、虚偽自白を塗り固めるのみで、自白に至る過程を事後的に検証することが不可能である。かえって、自白部分だけを裁判官(裁判員)が見ることで、自白の任意性・信用性判断を誤る可能性が大きくなる。従って、取調べの全過程を録画しない限り、虚偽の自白調書作成を防ぐことはできない。

以上より、本会は、国会に対して、取調べの全面可視化を義務づける法案の可決を申し立てるとともに、捜査機関に取調べの全面可視化を早期に実現することを強く求める。

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