奈良弁護士会

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所信

所信

 
奈良弁護士会 会長  緒方 賢史
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-あなたが弁護士であるということは、何を意味しているのだろうか?

 

  1. 「人として信頼される弁護士」をめざして

      弁護士と弁護士会を取り巻く環境は、日々、大きく変化している。登録替えによる会員の出入りや事務所の新規開設あるいは統合はまったく珍しくなくなったし、何よりも、会員数が大幅に増加した。
      このように流動性富む環境にあることは、それ自体は問題ではない。多様な事務所と多様な弁護士の存在は、総体としての受入幅と活動幅を拡げるものであるし、新規に加わってくる会員からすれば、それだけ選択の枝が拡がるものだからである。
      しかし、そうであるからこそ、我々の共通基盤である「弁護士であること」には、譲りがたい中核が必要である。扇は、要の一点が存在するからこそ、美しくその羽根を広げることができる。それでは、我々にとっての本質は何か。それは、「人として信頼されること」であると考える。

      弁護士の資格を有しているということは、結果であり概念にすぎない。それだけでは、目の前の依頼者からの信頼を得ることもできないし、社会をあるべき方向に変革することもできない。大事なことは、その資格を称するにふさわしい内実を、1人の例外もなくすべての会員があわせ持つことなのだ。
      それはすなわち、今ここに存在する「あなた」が、1人の人間として、信頼を付託されるに値するかどうかということである。かりに弁護士の肩書をつけなかったとしても、あなたは、同じことを考え、同じことを言っているだろうか。その水準をクリアして初めて、その発言と行動には、説得力を伴わせることができる。

  2. 会員のための弁護士会

      弁護士会は、法律上の強制加入団体として存在し、会員の会費によって成り立ち、その活動には、会員が無償の尊い汗を流している。
     そうであるならば、弁護士会は、まず、会員に対してその成果を還元できる団体たるべきである。個々の活動について関わりの濃淡があり、方針について意見の多様性があるとしても、根源の次元において会員の共感と帰属意識を失った弁護士会は、遠からず、その実質的な存在意義を失うであろう。

     そのために、弁護士会は、まず、会員が公共的使命を果たすことのできる会でなければならない。弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし、弁護士会が、その高度な公共性を根拠として強制加入が認められている以上、会が会員に対して提供すべき最優先事項は、この点である。そして、委員会活動の推進も、個々の会員の資質の向上も、あるいは会員の経営的基盤の確立も、会員相互間の交流も、すべてはその大目的のために収斂されるべきものである。

      その上で、人材の育成は会として最も重要な課題である。会が人の集合体であり、個々の素養の総体として信頼を確保されるものである以上、社会に貢献できる人材の育成は、会の責務の本質であるといってもよい。もちろん、それは、日常の業務の側面についても、また公益的な会務の側面についても、双方の観点が車の両輪のごとく並立してなされなければならない。

  3. 市民と国民のための弁護士会

      弁護士会の存在の根拠が公共性にある以上、弁護士会は、市民のための弁護士会であり、国民のための弁護士会でなければならない。

     市民のための弁護士会であるためには、会の活動が、地域コミュニティに浸透している必要がある。それぞれの地域において、弁護士会の存在は認識されているのか、市民のニーズに応じてただちにアクセスできる状態になっているのか、その成果を目に見える形で提示することができているのか、それを常時自らに問い直しながら、活動の精度を向上していくことが重要である。

     国民のための弁護士会であるためには、大局的な視点と俯瞰的な視野を持ち合わせた上で、未来へのビジョンとロードマップを意識しながらの活動を展開する必要がある。その上で、国民の叡智を結集することを目標として、その重き責任に耐えうるほどの内実を構築していくことが重要である。

    その際には、弁護士会とは運動体であるという本質が忘れられてはならない。運動とは、誰かの内面における何かを変えることである。はたして私たちは、国民の、市民の心に届く発信を行っているか?意識変革を確実に起こしているか?単なる自己満足の、自分たちのためだけの発信にはなっていないか?それを常に検証していきながら、人の心に響く、信頼されるに足りる運動を行っていくことが、いかなる場面においても常に念頭に置かれるべきである。
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